見出し画像

Ahmad Jamal Trio : The Awakening

"The Awakening" 繋がりで、アメリカのジャズ・ピアニスト Ahmad Jamal のアルバム『The Awakening』(70年)を聴く。
実は4年くらい前にレビューしていて、本稿はコピペに一部を加筆・改訂という手抜き。ご容赦ください。

Ahmad Jamal 1930年ペンシルベニア州ピッツバーグ生まれ、Miles Davis と John Coltrane が1926年生まれ、Bill Evans が1929年だから僅かに年下なんだけど活動歴は長く、つい先日2023年4月16日に天命を全うされました(享年92歳)。昔のジャズメンといえば短命なイメージだけれど、Ahmad Jamal はモダン・ジャズの誕生からまさに今の今までを見てきた人ですね。

バプテストの両親のもとに生まれた時の出生名は Frederick Russell Jones、そして10代の時にイスラム教に出会いやがて改宗、20歳のときに Ahmad Jamal と改名する。

彼のオフィシャル・サイト記載のヒストリーによれば3歳の頃からピアノを弾き始めたそうで、本当に3歳だったかはともかく早熟の天才であることには間違いなく、アメリカ音楽家連盟(AFM : American Federation of Musicians)に14歳で採用され(本来の規定では16歳以上)、17歳の時に George Hudson Orchestra の要請で家を出て全米ツアーに参加したそうな。

長いキャリアにふさわしく、リリース作品がめちゃめちゃ多く、リーダー作だけでも70枚ほどのアルバムがあります。その他にコンピレーションやサイドメン参加したものを含めると途方もないです。

とは言え最も有名なアルバムは、 Billboard のアルバムチャートに107週に渡りランクインした『At the Pershing : But Not for Me』(58年)でしょう。
私が Jamal 作品で最初に購入したのもコレです。聴いていただければ判りますが、超人的なテクニックが炸裂するでもなく、また、抒情的・耽美的なメロディを奏でるでもなく、非常に判りやすくシンプルな演奏の中に独特のコード感・タイム感を感じ取ることが出来るかと。

Miles Davis が自伝の中で Jamal について述べていて「彼の空間の概念、タッチの軽さ、控えめな表現、そして音符や和音、パッセージの表現方法に私は圧倒された」との表現がまさしく言い得ているなと。

ちなみにこの人、世間一般には有名なジャズ・ピアニストではありませんが、Miles Davis ファンの間では Miles コンボ参加の誘いを断った不届き者(その代わりに Red Garland が入団)として知られてます(私もそうです)。
そしてこのアルバム『The Awakening』は、90年代の Hip-Hop 黄金期のクラシック・チューンでサンプリングされまくったジャズ・アルバムとしても著名です(私もそうです)。

何だか知的でクールなジャケット

このアルバムがリリースされた1970年と言えば Miles Davis が『Bitches Brew』を、Bill Evans が『From Left to Right』をリリースし、ジャズが大きな転換期を向かえていた頃(Weather Report の 1st アルバムは71年、Return to Forever の 1st は72年リリース)。
Ahmad Jamal (piano) , Jamil Nasser (bass) , Frank Gant (drums) のピアノ・トリオは一見スタンダードなジャズ・フォーマットですが、この3人が織り成す音楽は今でも時代を超えて新鮮に響くから不思議。

久し振りに聴き返してみると、クールでモダンなジャズ・アルバムとして聴くことができるし、Hip-Hop クラシックのサンプリング・ソース満載で1フレーズたりとも聴き逃せない究極の Hip-Hop コンピレーション・アルバム (?) としても楽しめます。

全7曲、Jamal オリジナルは (1) と (3) のわずか2曲ですが彼にしか構築し得ない世界観があるし、40分強とデジタル時代には短いアルバムですがヒジョーに濃密。ジャケットも素敵。ザ・名盤なり。

(1)『The Awakening』でいきなり Gang Starr 1stアルバム収録の『DJ Premier in Deep Concentration』(89年)のピアノ・フレーズが飛び出ます。実を言うと最初は「どこかで聴いたフレーズ」とまでは判るのですが、それが何だったかナカナカ思い出せない。

というのも DJ Premier のサンプリングが素晴らし過ぎるのです。『DJ Premier in Deep Concentration』は Kool & the Gang の名曲メロウ・ナンバー『Summer Madness』(74年)をメインコードにループしていますが、Ahmad Jamal のピアノ・フレーズは全く別のコードで弾いているためピアノ・フレーズが異なって響いているのですね。いわばメロディそのままにコードを替えるリハーモナイズをプリモ先生はやっていたのですね。

話を元に戻すと、アルバム・タイトルでもあるこの曲は大胆に展開を変える楽曲で、1曲6分強の中に様々なアイデアが盛り込まれておりコラージュ作品のようでもあります。その Jamal の閃きをベースとドラムが巧みにサポートしており、ややもすれば散漫になり楽曲として破綻しかねないところを全体的に落ち着いたトーンにしていて、これこそがピアノ・トリオの有るべき姿と思います。
(これはアドリブ主体のヘッドアレンジ程度の打合せではなく、事前にトリオで時間をかけて構成を練られたものでしょう)

同じ楽曲からフリップしたのが Pete Rock & C.L.Smooth 『It's on You』(94年)、NAS 『One on One』(94年)、J Dilla『Ahmad Impresses Me』(96年)、Teedra Moses 『Be Your Girl』(04年)ですね。個人的に忘れ難いのは Da Beatminerz プロデュースの Shadez of Brooklyn『Change』(96年)でしょうか。
面白いのが、同じ楽曲ですが DJ Premier, Pete Rock, J Dilla, Da Beatminerz などのトラック・メーカー達の目の付け所(サンプリング箇所)が異なるということ。時間があれば聴き比べしてしてみてください。

(2)『I Love Music』の前半は Jamal のピアノ独演による無伴奏ソロでスタート。フリージャズのようでもありクラシック要素もある。軽快なタッチでタイトル通り Jamal が「オレは音楽が大好きだぁ〜」とおもむくまま闊達に弾いてます。

3分40秒を過ぎてベースとドラムが入ってきたところからが後半戦。ベース、ドラムともに音は控えめですが、突如としてスリリングな楽曲に様変わり。この瞬間が堪りません。そしてコードチェンジする瞬間は本当にゾクッと来ます。初めて聴いた時の驚きは今でも覚えています。

一番有名な Hip-Hop トラックは NAS の『The World is Yours』(94年)でしょう。あの少しヨジレたような音像空間はまさにこの一瞬のフレーズをフリップ&ループして作っていたのですね。このパッセージは幾度も現れますが、最も落差の大きくグニャ~ンとよじれた瞬間を切り取ってきたPete Rock 先生の慧眼は流石としか言いようがないです。

が、それ以上のマイ・フェイバリットは DJ Premier プロデュース Jeru the Damaja の『Me or the Papes』(96年)。ベース/ドラム/ピアノ・ループだけの極めてシンプルなトラックの上に Jeru のストイックでスムーズ&タフなフロウが堪らないウルトラ・クラシック。ピアノが零れ落ちるような瞬間を切り取ってループさせたプリモ先生は偉大なり!!

(3)『Patterns』は Jamal のオリジナル。Jamil Nasser のベースが小刻みにドライブし Frank Gant のハイハットが終始スウィンギーに鳴らされるアルバム一疾走感のあるナンバー。

スタンダードな構成ですが、いかにも Jamal らしい演奏を聴くことが出来ます。すなわち右手でシングルノートによるシンプルかつ印象的なフレーズ(メロディ)を跳ねるように弾き、左手はブロック・コードでリズムというか間(スペース)を作るスタイルですね。

この躍動感がかえって Hip-Hop 的にはサンプリング対象になりにくいのでしょうか? サンプリング・ソースとして使用されているチューンは(私が調べた限りでは)無いようです。

(4)『Dolphin Dance』は言わずと知れた Herbie Hancock オリジナル(65年)。私も以前にこちらで紹介しております。Herbie のオリジナルが素晴らしいのは勿論なのですが、この Jamal バージョンもなかなかに素敵。

Herbie はスタンダードなモダンジャズの構成で、シンプルでメロディックなテーマ(モチーフ)はあくまでメインテーマとして典雅に繰り返されますが、Jamal はこのテーマをキーを変えたりリズムを変えたり、時にはコードを替えたりしていて、彼のイマジネーティブな解釈・アプローチを堪能して欲しいです。
ホーン不在のピアノ・トリオ編成なので音の厚みや難易度では Herbie オリジナルに譲りますが、その制約ゆえのシンプルでリリカルな美しさがオリジナルとは違う次元で開花しています。素晴らしいカバーです。

そして例のあのフレーズが飛び出してくるのですよ。
そうです Common Sense の『Resurrection』(94年) (これも紹介済み)。
私個人の経験としては、Common を先に聴いていて、何の予備知識もなく Jamal のこのアルバムを聴いて「発見!!」した時の喜びは格別でした。プロデューサーの No I.D. は今一つ突き抜けなかったけど、このフリップ&ループはHip-Hop 史に残る仕事の一つですね。

それから印象にあるのは Deda の『Can't Wait』(03年)。(1) 同様に同じ楽曲でもトラック・メイカーによってフリップする箇所が違うというのが面白いです。
このナンバーは Pete Rock 全盛期94年のプロデュース作品ですが、レーベル Interscope とのいざこざでお蔵入り/日の目を見たのが2003年。INI と Deda はホント不幸なアーティストでした。

Pete Rock と同じ個所を使っているのが O.C. 『Time's Up』(94年)のリミックス『Time's Up (Radio Remix ないしは DJ Eclipse Remix)』ですね(こちらも紹介してました)。

(5)『You're My Everything』は、オリジナルは1931年ブロードウェイのショー向けに書かれたもので、いい意味で伝統的なニューヨーク・レビューの楽曲です。
多くのアーティストにカバーされていますが、最も有名なのが Miles Davis 『Relaxin'』(58年)収録でしょう。Red Garland がピアノ演奏を始めると Miles がフィンガースナップ(指パッチン)と口笛で遮り「ブロック・コードだ。ブロック・コードで行け」と指示をする例のヤツです。

Jamal 盤では、このアルバムで最もスタンダードなジャズ・ピアノ・トリオ・バージョンになっていて、妙に安心したりもします。
Miles よりも明るく軽快にスウィングしていて、演奏している本人たちも慣れ親しんだフォーマットだからなのでしょうか、何やら楽し気に演奏している気がします。

大好きな Pete Rock & C.L. Smooth の『Get on the Mic』(94年)で使われているとのことで一所懸命聴いたのですがよく判りません... と思ったらアウトロで使われました。マニアック過ぎるぞぃ。
素敵な使い方としては All Natural feat. Lone Catalysts の『Renaissance』(01年) (これは Common っぽい) とロンドン出身 Funky DL の『You Really Love That』(05年) あたりでしょうか。ちなみにこの Funky DL は Nujabes とも演っていますね。

(6)『Stolen Moments』の原曲はジャズ・サックス奏者 Oliver Nelson の『The Blues and the Abstract Truth』(61年)に収録。このアルバム大好きなんです。タイトル通りブルーズまみれ、蒼く燃え上がる炎。邦題も『ブルースの真実』だし、アルバム・ジャケットもいかにも Blue Note っぽくてカッコ良いし。
Miles Davis の名盤『Kind of Blue』(59年)の影に隠れて知名度は低いですが、是非皆さんに聴いてほしいアルバム(時代が近いこともあり Bill Evans と Paul Chambers は両方のアルバムに参加)。

オリジナルは Freddie Hubbard (トランペット) --- Eric Dolphy (フルート) --- Oliver Nelson (テナーサックス) --- Bill Evans (ピアノ) の豪華ソロ・リレーですが、Jamal バージョンはもちろんピアノ・トリオで再構築。

サンプリングはましても登場の O.C. 『Word...Life』(94年)のリミックス『Word...Life (Remix ないしは DJ Celory Remix)』です。Nancy Wilson & Cannonball Adderley の『Never Will I Marry』をサンプリングしたオリジナル・ミックスは勿論大好きですが、こちらのリミックスもイイですね。

(7)『Wave』ラストは何と20世紀のブラジル音楽を代表する作曲家 Antônio Carlos Jobim のカバー。原曲(アルバム『Wave』(67年)収録の表題曲)は聴いたことがありませんでしたが、今は Youtube で聴くことができるから便利ですね。

オリジナルはストリングスやフルートを使った爽やかなボッサですが、単に焼き直すのでなく、Jamal による新解釈ということですね。オリジナルの爽快さとは異なるマイナーコードを基調にベース・リフが執拗なまでに繰り返されるのがまるで Hip-Hop で、ボサノヴァらしからぬ緊張感を生んでいます。演奏はリズミックなブロック・コードと転がるシングルノートといういかにもな Jamal スタイル。

有名なサンプリング・チューンは判りませんが、意外なところで DJ KRUSH の3rdアルバム『Meiso』(95年)収録の『Only The Strong Survive』のリミックス『Only The Strong Survive (The 7th Samurai Mix !!)』で使われてました。
出だしは意味不明の女性ナレーション(日本語)で始まり、やがて Jamal 版 Wave のピアノフレーズが繰り返されるもの。狙いは NAS の『N.Y. State Of Mind』(94年)みたいな感じでしょうか。

てな訳でジャズ・アルバム評なのか Hip-Hop アルバム・レビューなのかよく判りませんが、Hip-Hop から入って来た人に是非聴いて欲しいです。そこんとこヨロシク。



この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?