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O.C. : Word...Life

またしても 90年代 Hip-Hop の名盤レビューということで、New York の Hip-Hop クルー Diggin' in the Crates (D.I.T.C.) のいぶし銀 O.C. の1stアルバム『Word…Life』(94年)を聴く。
(ちなみに O.C. とは出生名 : Omar Credle から)

D.I.T.C. といえば Lord Finesse, Diamond D, Buckwild, Showbiz and A.G., Big L, Fat Joe など派手なギミックの少ない硬派なイメージがありますが、中でも O.C. が最も手堅くシャープなフロウが持ち味で、それゆえか D.I.T.C. の客演ナンバーワン MC でもあります。

この『Word…Life』がリリースされたレコードレーベル Wild Pitch Records は1987年に設立され1994年に経営破綻、わずか8年という非常に短命に終わりましたが、90年代 Hip-Hop 史を語る上では外せない重要アルバムをリリースしていて初心者の方も是非チェックしてほしいレーベルです。

私がお気に入りのアルバムは以下の通り。
こうやって眺めるとファンキーな良作品ばかりですね。

  • Gang Starr『No More Mr. Nice Guy』(89年)

  • Lord Finesse and DJ Mike Smooth『Funky Technician』(90年)

  • Main Source『Breaking Atoms』(91年)

  • Ultramagnetic MC's『The Four Horsemen』(93年)

そう思うと『Word…Life』は破綻した94年、いわば最後の年にリリースされたアルバムで、破綻後は所属アーティストの作品は「お蔵入り」となり、楽曲はあるのにリリースできないという状態が続いたと聞きます。タイムリーに聴くことができたことに感謝。

アルバムは、リミックス1曲を含む全14曲、うち8曲を Buckwild がプロデュース。その他 Lord Finesse、DJ Ogee とまさに D.I.T.C. 完全バックアップ。
3曲(うちリミックス1曲)だけ D.I.T.C. メンバーでない Organized Konfusion が手掛けてますが、これは91年 Organized Konfusion の1stアルバム『Organized Konfusion』収録の『Fudge Pudge』が O.C. にとっての初レコーディングだったことからの繋がりと思われます。

アナログ盤では、A面が(1)~(6) どちらかと言えばジャジー&メロウ度高め、B面が(7)~(13) ハードな作風が多いかな。
CDにはメロウな(4)をクールかつ緊張感あるトラックに仕立てたリミックスを追加収録。

(いま Amazon を見てみると Deluxe Edition というのがあって全27曲とな。リミックスやインスト・バージョンを山盛り追加していて、確かにお買い得感あるし旧版所有者の再購入も期待しているのだろうけど何だかなぁ…)

それではアナログ盤 A面の6曲から。

(1)『Creative Control』は Organized Konfusion プロデュース。1分40秒程度の短いオープニング・トラックですがこれが実に素敵。

Maynard Ferguson というカナダ出身のジャズ・トランペット奏者が72年にリリースしたビッグバンド・ジャズ・アルバム『M.F. Horn Two』収録の『Hey Jude』からのサンプリング。
私、この Maynard Ferguson という人まったく知りませんが、ハイノート・ヒッターとして知られているそうで、確かに『Hey Jude』でも高域で吹きまくってます。

というかそもそも『Hey Jude』というタイトルから判るように The Beatles の超有名曲のカバーなのですが、この名曲のメロディー・ラインでなく、そしてハイノート・ヒッターの高音トランペットでもなく、敢えてグルーヴィーなベースと溜めの効いたドラムに転がるエレピ部分をフリップしてきたのが慧眼すぎる。Organized Konfusion の目利き力に感服。

(2)『Word...Life』はアルバム・タイトル曲で Buckwild プロデュース。

これもサンプリングが秀抜で、Nancy Wilson & Cannonball Adderley のジャズ・ボッサのような楽曲『Never Will I Marry』(61年)から冒頭のスゥインギーなハイハット&ウッドベースとピアノをフリップし、そこにイギリスのジャズ・ロック・バンド If の『Fly, Fly, the Route, Shoot』(73年)からイナタいスネアをチョップして充ててます。

そこに O.C. のラップが骨太で男臭くもスムーズにライミングします。これが渋くてカッコヨイのですよ。
別に似ているわけではないのですが、私の中では O.C. と Jeru The Damaja がリンクしていて、Crooklyn Dodgers ’95 で一緒になったときは狂喜しましたね。この時の『Return Of The Crooklyn Dodgers』(95年)は DJ Premier プロデュースの劇渋・鬼クラシックで、 全 Hip-Hop リスナー必聴です。

(3)『O-zone』では一転してハードコアなドープ・トラック。
ジャズ・ピアニスト Pete Jolly が Wurlitzer エレピを弾いた『Leaves』(70年)からサンプリング・ループし、そこに Hip-Hop 界ではドラムネタの定番 Power of Zeus 『The Sorcerer of Isis (The Ritual of the Mole)』(70年)のキック&スネアを使ってビートを作ってます。

沈み込んでゆくコードのなか O.C. のラップがシリアスに響くき、フックでは同年94年にリリースされた Mobb Deep の『Shook Ones, Part 1』から Prodigy の声ネタ(リリック)をサンプリング。

ちなみにこの『Shook Ones, Part 1』はプロモーショナル・リリースされたトラックで当時日本ではあまり聴くことができず、後に『Shook Ones, Part 2』がシングル・リリースされた際に収録されようやく聴けたもの。

(4)『Born 2 Live』はシングル・リリースされた R&B メロウ・チューン。

導入部は Isaac Hayes の『Never Gonna Give You Up』(71年)を使いメロウネスをリードしたと思ったら直ぐにフェードアウト。しかし、すかさずウルトラ定番 Keni Burke の『Risin' to the Top』(82年)からブレイク部分のグルーヴィーなベース&エレピを差し込む大技。

ドラムもサンプリング頻度高い Brethren の『Outside Love』(70年)で、いわゆる大ネタ使いってヤツですが、O.C. の端正なフロウ・スタイルとの相性は最高でコレを嫌いな人は絶対にいないというメロウ・クラシック!

DJ Eclipse による Eclipse Remix も秀抜で、ジャズ・ビブラフォニスト Milt Jackson の『For Someone I Love』(73年)から浮遊感の強いドリーミーな音色を使いつつもシリアスで緊張感漂うトラックに仕上がっていて、リリックは同じなのに全く別のチューンとなっている。これぞリミックス。

(5)『Time's Up』もシングルカット・ナンバーですが、(4) とはうってかわってハードなチューン。

元ネタはジャズ・ドラマー Les DeMerle の 1st アルバム『A Day in the Life』(69年)収録のイントロをまんま使ってループさせたもの。この『A Day in the Life』も言わずと知れた The Beatles の有名曲で、オリジナルのイントロとは似ても似つかないハードな導入部でスタートするのですが、Buckwild がそこに目を付けてループさせることでドープな Hip-Hop となってます。

トラックがシンプルなだけに MC の実力が問われることになりますが、O.C. のラップは派手さは無くもキレのよい鋭利なフロウさばきで痺れます。
フックでは Slick Rick の『Hey Young World』(88年)をスクラッチしているのもマニア受けしますね。

これも DJ Eclipse によるリミックスがあって、ジャズ・ピアニスト Ahmad Jamal Trio の『Dolphin Dance』(70年)を使ってクールに仕立ててます。

YouTube にアップされている NPR Music Tiny Desk Concert(2018年) でこのナンバーを含む5トラックを聴くことができます。歳を取って丸くなり生バンドをバックに余裕シャクシャクで演っているのもカッコイイですねー。

(6)『Point O Viewz』はまたしてもメロウなチューン。

導入部はガレージロック/サイケロック・バンド Little Boy Blues の『Seed of Love』(68年)から派手なオルガンをチョイスしたと思ったら、Roy Ayers のライブアルバム『Searchin'』(91年) の『Searching』から流麗なキーボードをループ。

『Searching』(76年)は言わずと知れた超名曲ですが、オリジナル(スタジオ盤)でなくライブ盤からサンプリングしてくるところが Buckwild の凄いところですね。
メロウなキーボードにグルーヴィーで躍動感のあるベースと溜めの効いたドラムがキモチ良過ぎる。ダンサブルな R&B としても聴けます。

ここまでがアナログ盤 A面。オープニングも良いですが、それ以降の5曲を手掛ける Buckwild のトラックが神懸ってますねぇ。

ここからがアナログ盤 B面の7曲。

(7)『Constables』では再び Organized Konfusion プロデュース。A面・B面ともにオープニングは Organized Konfusion トラック。

パトカーのサイレン音に地鳴りのようなピアノ、あとはタイトなキック&スネアのみだけという緊張感漂うハードコアな音作りはいかにも Organized Konfusion といったところでしょうか。カッコ良いねぇ。

リリックでは KRS-One のシングル『Sound of Da Police』(93年) B面に収録された『Hip Hop vs. Rap』から "Police be clocking me" をサンプリング。
アンダーグラウンド丸出しのトラックに O.C. のストイックなライミングがバッチリ嵌っています。

(8)『Ga Head』は本アルバムでは唯一の Lord Finesse プロデュース。ビートがいかにも Lord Finesse トラックっぽいですよね。

このビシバシ・ドラムは、Count Basie 楽団のヴォーカリストでもある O.C. Smith の『Hey Jude』(68年)からサンプリング。調べてみたら Pete Rock & C.L. Smooth の『Mecca & the Soul Brother』(91年)でも使われていて、結構サンプリングされまくってるドラムネタですね。
それにしても The Beatles カバーからのサンプリングがやたらと多いなぁ。

(そういえばこの頃同時期に Pete Rock と Buckwild でサンプリング・ネタがかぶりまくったことがありましたね。当時はどちらが先か/どちらがセンスが良いか論争になったことを思い出します)

重くケムたいビートの上に、コードは The 5th Dimension の『Together Let's Find Love』(71年)をかぶせていて渋いトラックになってます。
フックのコーラスでは Finesse 自身のナンバー『Return of the Funky Man』(91年)から 'Go 'head with yourself' をサンプリング。

(9)『No Main Topic』は D.I.T.C 組員の一人、DJ Ogee プロデュース。

この禍々しくも行軍するかのようなピアノ・ループは Duke Ellington の『Gong』(75年) から一瞬のフレーズを逃さずサンプリング。巧いですね。

キック&スネアは派手ではないけどキモチ良し、ベースはいわゆるベース・ラインではなくてときおり不穏な空気を醸し出すように響く。
O.C. のラップもパトカーの無線機から聴こえて来るようにエフェクトされていて、シンプルなトラックですがこのビミョーな緊張感が堪らんですね。

最後には Organized Konfusion  から Prince Po が参戦、何やら煽ってます。
終始繰り返される 'Because' は Mantronix feat. MC の『TeeFresh Is the Word』(85年)からサンプリング。

(10)『Let It Slide』ここから (11), (13) と再び Buckwlid。

冒頭のわななくハイトーン・フレットレス・ベースは Weather Report の『Dream Clock』(80年)。Jaco Pastorius ですねー。

続いてホーンが鳴るのですがコレが凄い。
まずは Eddie Harris の『Topkapi』(64年)からテナーサックスをフリップ&ループして、すかさず Jack Bruce の『Statues』(70年)からテナーサックスをループしてかぶせるというテクニシャン振り。

加えてドラムが素晴らしい! 元ネタは (4) でも使われた Brethren の 『Outside Love』ですが、タイトに再構成していると思います。

フックでは Organized Konfusion の Pharoahe Monch が O.C. ともにコーラスしていて兎に角カッコイイです。マイ・フェイバリット!!

(11)『Ma Dukes』ではジャズ・オルガニスト Jimmy McGriff のアルバム『Electric Funk』(70年)収録のオープニング・ナンバー『Back on the Track』から極上スイーツ・サンプリング。

このスウィートなメロウ・メロディを支えるビートは Jeff Beck の『Come Dancing』(76年)からのサンプリング。
そういえば Jeff Beck が2023年1月10日に亡くなりましたね。。。クラシックしか聴かないウチの親父が所有していた数少ないロック・アルバム(もちろんアナログ盤です)が Pink Floyd の『The Dark Side of the Moon (邦題『狂気』の方がシックリ来る)』(73年)とこの Jeff Beck の『Wired』(76年)。

そこに女性シンガーのコーラスを乗せ、O.C. が気風の良いラップを披露。
Buckwild はメロウネス、ハードコアどちらもイイ仕事してますね。

(12)『Story』を手掛けるのは (9) 同様の DJ Ogee。

ダークで沈み込むようなベース・ループに空間を意識したドラム・プログラミング。聴いていると不思議と色が消えてモノクロームの世界になります。あえて景色を消すようなアブストラクトなトラックと O.C. の手堅いフロウの組合せは悪くはないですが、ちょっと地味ですな。

囁くような 'Believe it or not' が耳を離れない。

(13)『Outtro (Sabotage)』アルバムを締めくくるアウトロは Ohio Players に見い出されたオハイオ出身のファンク・バンド Faze-O のメロウ・ファンク・ナンバー『Riding High』(77年)をまんまサンプリング。

ラップというよりはスポークンワードで、Prince Po と共にしめやかにアルバムの幕を閉じる。

アナログ盤は以上で終了。
久し振りに聴き直しましたが、捨て曲一切なしの 90年代 Hip-Hop の金字塔アルバム。Hip-Hop 入門者でも良さが判るのではないでしょうか。

手元のCDには (14)『Born 2 Live (Remix)』を収録。
Buckwild のメロウ Hip-Hop を Organized Konfusion がリミックス。

ヒンヤリとした空気をまとった不穏なコードとシンプルなビートが緊張感を生むなかフルートがコードを無視して奏でられ O.C. が登場、ブリッジではピアノがパラパラと響き、フックではホーンが鳴る。
また、ホーンの使い方が絶妙で、1st ヴァースでは O.C. のフロウのみですが、2nd/3rd ヴァースでは O.C.の背後でホーンを飛ばしてます。

DJ Eclipse リミックスも秀抜ですが、この Organized Konfusion リミックスも秀逸で、いずれも甲乙付け難し(個人的には O.K. バージョンの方が好みですが、まぁこれは個人的な趣味・嗜好の話ですね)。



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