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ああ、またフラれた。

そう、思ったのだ。

 春を目の前にして、北の国から東京へ遊びに来た幼馴染の男は私に彼女を紹介した。

"可愛いでしょ、俺の彼女。"

 うん、本当に可愛い。本当に可愛かったのだ。金髪のショートカットが良く似合う綺麗な顔立ちと、落ち着いた声で一定に話す一つ上の彼女は笑った顔も綺麗だった。でも私は何も知らなかった、あんなに一緒にいたはずだったなのに。彼女がいた事も何も知らなかったのだ。たまに連絡を取って、彼氏の相談をしたり、誕生日おめでとうと毎年言い合ったり、その時既に彼の隣にはいたのだ目の前にいる彼女が。悪い男には引っかかるなよ、男が出来たら教えろよ、と口うるさいほど私に言ってた彼が去年の夏には今の彼女と付き合っていたなんて知る由もなかった。

 なんなんだろう、とずっと思っている。
 この感情の正体はなんなんだろう、と。

 彼はいつも肝心なことは言わず、決して弱みを見せず私の前を歩いていた、あの時も。私は彼の何を知っているんだろう。

 2歳から高校までずっと一緒だった。一緒だったんだずっと。当たり前のように私のいる環境には彼もいたのだ。お互いにそれぞれ恋もしたし、恋人だっていたけど、決して私と彼が恋人になることはなかったし、友達以上の接触もなかった。もちろん嫌いになった瞬間もあったし、学校で話さない日も少なくはなかった。でも家の近かった私たちはこっそり夜家から抜け出して、近くを散歩したりして真面目な話もよくした。誰も知らない、私たちしか知らない時間が確かにあった。特別な恋愛感情を抱くわけでもなく、むしろ恋とかそんな可愛いものともちょっと違う、"なにか"がうちらの間にはあった。はず、なんだ。

 彼はもう覚えていないだろうけど。私には忘れられない思い出がある。今でも鮮明に覚えている記憶がある。私は昔、雨が酷く降った日、彼に救ってもらったのだ。あれは小学生の頃の出来事だった。

 その頃、私の家はめちゃくちゃだった。私の両親は私が小学6年生の時、桜が咲く前に離婚した。私の卒業式に父の姿はなく、家に帰ってくる事もなかった。その日が来るまでの間、私たちが眠りについた事を確認すると、毎晩繰り返される怒鳴り声と物が割れる音。眠れなかった。毎晩怖くて怖くて逃げたくてたまらなかった。4つ歳の離れた妹に大丈夫大丈夫と言い、自分にも言い聞かせて早く朝が来る事を願い、泣きながら眠りについていた。日に日にエスカレートしていき、子どもの目の前で物を壊したり、母の上に父が馬乗りし殴りかかりそうになり、泣き叫んで止めた事もあるし、出せばキリがないけれどあの頃の私は自分の家に起きている、全てのことを信じたくなかったし認めたくなかった。自分の無力さを抱えながら毎日必死に生きていた。まだその頃は離婚という言葉が珍しかったし、仲の良かったはずの自分の家族が壊れるだなんて思ってもいなかった。どこかその言葉とは無縁に私は生きてて、私には関係のない事だと思っていたのだ。頭の中が完全にお花畑だった。
 私が彼に救ってもらったのは、日々繰り返されるそれに少しの怒りが生まれ始めていた頃だった。どんどん可愛げのない捻くれた子どもになっていく自分に、小さいながらに嫌悪感すら抱いていた。何を言われても素直に受け止めれなかった私は、よく母とぶつかっていた。きっと、どうせ、些細な事だったと思う、あの日も小さな事だったんだ。でもその積み重ねてきた小さな事が、何かの拍子に火がつくことだってあるのだ。私は気づいたら家から飛び出し走っていた。あてもなく、誰に頼ったらいいのかもわからず、どこに行ったら良いのかもわからず、帰宅時刻をとうにすぎた薄暗い夜をとにかく走っていた。

"お前、なにしてんの。"

 その時だった、たまたま彼と会ったのだ。今の幼馴染となる彼に。今思えばあの時間に彼こそ何をしていたのだろう。それすらも私は知らない。あの頃から私は私のことばかりだった。
 コンビニに行き少しのお小遣いで温かいものを買い、雨が降ってきたので2人で小学校の遊具にあるトンネルにいた。泣きながら色んな話をしていたと思う。雨が止まない中、帰ろうと彼が私の手を引き少し前を歩いていた時だった、見慣れたワインレッドの車が横に止まり人が降りてきた、怒り狂った母だ。体裁命の母が、彼がいる前で怒鳴り散らしていたけれど、私の耳には何も届かなかった。大声を出す母よりも、いま彼が何を思い感じどんな顔をしているか想像するだけで、それはもう最悪だった。

"こいつは悪くない。"

 彼が突然言った。その言葉で私はやっと彼の顔を見る事が出来た。彼の真っ直ぐな目が母を刺した。母は少し黙り、捜索願いを出していたらしく警察に娘が見つかりましたと電話をした。その時も彼は私の手を離さなかった。母は彼を車に乗せることなく、引き離すように私を半強制的に車に乗せ発進させた。遠くなる彼を見ながら、"嫌われた"そう思い帰ってからも泣いた。

 そして今、変わらず彼はいる。疎遠になることなく、距離としては離れているものの繋がっている。小学生であの状況を経験した後も、変わらず私と接していた彼を好きだとか恋とかの類に入れるには何かが違った。異性としてではなく、一人の人として彼は特別であり、そして後に幼馴染という枠にハマった。

「どうしてうちらは付き合わなかったんだろうね」
『たしかに、なんで?』
「わたしはやっぱり貴方を恋人にはしたくないわ〜」
『なんで?』
「大事すぎて失う事が怖いから」
『それは、わかるかもしれない』
「恋人より結婚したいタイプだよね」
『やっぱり落ち着いてる男は違うわ〜』

 なんて、ふざけながら一度だけ話した事がある。あれはもう人生で二度とない、私からのプチプロポーズだったかもしれないよ。

 高校生になり恋に舞い上がる時期、三年の間で彼には数人彼女が出来ていた。付き合ったと聞けば別れ、またか、まあそんなもんだよね、くらいだった。高校を卒業し、別々の進路を進み私たちは離れた。たまに連絡を取っていて、彼の誕生日に電話をした時だった。高校から付き合っている彼女とまだ続いていて、「結婚するかもしれない」と、本気か冗談かわからないけど言われた。はじめてだった、彼から"結婚"というワードが出てきたのは。勝手に失恋した気分だった。なんだかんだ言って、最終的には、最後の最後には一緒になる気がしてたからだ。私が勝手にね。でもその時思ったんだ、きっとこの先もうちらは変わらないんだって。良くも悪くも変わる事はないんだって。 その時、何故か失恋したような気分になり、少し落ち込んだ。

 思い返せば、いつも私は彼の背中ばかり追いかけていた気がする。歩く時もいつも私より少し先を進む背中をいつも見ていた、でも何故かそれに安心し、きっとそれが心地よかった。その距離が私には丁度よかった。彼に彼女が出来ようが、好きな子が出来ようがよかった。彼が選ぶことだ、私が口を出すことではない。そして彼の隣を歩くのはきっと私ではないのだ。
 なのに、それなのに今日の私は帰りの電車で何故か空っぽだった。空っぽだった事に気付かされたのか、空っぽにされたのか。私は彼を自由にさせてあげないといけない、幼馴染という名の檻にいれて安心したかった私をどうか許してほしい。
 彼がいうに明日は雨が降るらしい。変わらず大事に思っているけれど、今の私たちは昔の私たちとは少し違うね。幸せでいて欲しいと思う、私に足りないものを持ち彼を支える人と。

東京はもう春です。





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