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だれかを待つための技術

ぽつり、ぽつりと
思い浮かぶ言葉を
誰にも投げかけはしないで
呟いたのは
届くはずがないことだと
気づいていたから

誰もいない家の中で
しんとした空間でただ一人
さっきまで慌ただしく
出かけの準備をしていた人は
今頃きっと懸命に動いているんだろう

さて何をしようか
言葉にしても
空気に変わって溶けていく

本当にここに自分がいるのか
誰が教えてくれるんだろう
本当にここに自分はいるのか
どうやって確かめてやろう

白い紙を出した
鉛筆をランドセルに入った筆箱から出した
木をかいた
女の子をかいた
ウサギをかいた
そうかそうだ、ここにいた

頭の中にあった世界を
こうやって紡ぎだしていくんだ
そうしていつの間にか
夕方になって
みんなが帰ってきて
誰に見せなくても

私がここにいること
あの時ここにいたこと
ちゃんと思い出せればそれでいい

宇宙船に乗ることも
海の中を人魚と泳ぐことも
たくさんの動物と遊ぶことも
とっても簡単なことだった

そうやっていつも誰かを待ってきた

ぽつり、ぽつりと
思い浮かぶ言葉を
誰にも投げかけはしないで
呟いたのは
届くはずがないことだと
気づいたけれど
いつしか形にすることを覚えて
届かなくても生み出すことで
時空を超えて
誰かに届いた時に
もしかしたら誰かを救えるかもしれないなんて
自惚れとエゴを重ねながら
今日も紡ぎだしていく

ぽつり、ぽつりと
思い浮かぶ言葉を
誰にも投げかけはしないで
呟いたのは
届くはずがないことだと
気づいたけれど
いつしか聞かせて欲しいと言ってくれる人が
目の前に現れたら
そのときは
笑いながら
なんでもないよって言っちゃうんだろうなあ

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