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創作に役立つ用語辞典「トゥキディデスの罠」(前編)

紀元前5世紀、アテネの歴史家トゥキディデスは「ペロポネソス戦争」に従軍して記録にとどめ、戦争の原因を分析しました。ペロポネソス戦争とは、当時起きたアテネとスパルタによる戦争です。

対ペルシャ戦争後に勢力を拡大した「新興国」である海洋都市国家アテネに、内陸を支配する「覇権国」スパルタは不安を抱き、疑心暗鬼に陥り、そして反発します。それぞれの同盟国を従えて対立し、ついに開戦に至ると、この戦争は30年近く続きました。

国際政治学者でハーバード大学教授のグレアム・アリソンは、ペロポネソス戦争のように新興国の存在が覇権国を脅かすことで、戦争の危機が高まることを『トゥキディデスの罠』と呼びました。

アリソン教授は著書『米中戦争前夜』において『トゥキディデスの罠』に該当する歴史上の16の例を挙げており、これには、やがて世界大戦に至るイギリスとドイツの対立、太平洋戦争へと至るアメリカと日本の対立、冷戦と呼ばれたアメリカとソ連の対立などが含まれます。もちろん『米中戦争前夜』は現在進行形の危機として、経済的・軍事的に台頭する中国と、衰退しつつあるアメリカの関係に警鐘を鳴らしています。

『トゥキディデスの罠』は普遍的

とはいえ、『トゥキディデスの罠』は大国間の戦争に限った話ではありません。その"力学"が働く、至るところに潜む普遍的な現象です。

フィクションにおける例は多く、ドラえもんに借りた秘密道具で活躍するのび太を許せないジャイアンとスネ夫も『トゥキディデスの罠』に陥っていると言えるでしょう。

クラス一番人気の女子グループが美少女転校生をいじめる理由は「男子たちの視線が転校生に移ったから」などという場面に見覚えがない人は少ないでしょう。フィクションではよくある設定です(あるいは現実でも!?)。転校生はただ早くクラスに馴染んで、いじめられないよう皆と仲良くしたいだけなのに、それこそが"覇権グループ"にとっては侵略行為に見え、逆にいじめを誘発する……。

あるいは、優秀な新入社員に対して理不尽な要求を繰り返す先輩社員。"理不尽先輩"が自分の地位を案じる状況にあることは容易に想像できます。もちろん現実では、ひとの心を正確には読めないので原因を明確にしきれませんから、ただ単に、無茶で無謀なだけということもありえます。

フィクションにおける『トゥキディデスの罠』の活用

フィクションにおいて『トゥキディデスの罠』は、物語に登場する人物や組織を自動的に"駆動"させることと、人物や組織の設定的な精度を上げるうえで活用できます。

『トゥキディデスの罠』の法則に照らし合わせると、登場人物は、自分を追う者がいて→そして自信を持ちきれない場合→不安に陥ります。

「自分には特技がない、難しいことはできない」と感じつつ職業に就いている人や、自分が勤める企業の将来に安定性を見いだせない場合、「少子化なのでもっと外国人労働者を招こう」などと言われれば不安になりますが、将来有望な会社で上司からよく褒められ、認められていればその不安は生まれないかもしれません。覇権グループの女子もステキな彼氏がいれば、いくら美少女転校生が"その他男子"の視線を集めても気にしないでしょう。

もちろん、ここに挙げたいくつかの例は、誇張を含むよくある"ステレオタイプ"であり、常にそうなるわけではありません。しかし、多かれ少なかれ、"自信"の有無は登場人物の心情に影響しますし、影響させるべきでしょう。

一方「どういった行動に出るか」には、別の要因が影響します。

(つづく)


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