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次期主役機はプロパガンダムか(後編)

ひと言でまとめてしまえば、『水星の魔女』はガンダムではない方がよかったかもしれない。古いガンダムファンが初代ガンダムと同じ時間軸にない新作を「これはガンダムではない」と言うんだけど、それとは違って。

なんとなくガンダムと言えば名作で、人気があって、注目に値するブランドという扱いを受けているけど、誰かの思惑によって抑えつけられる"制約"としての側面もあるわけです。

以前に増してブランドが強い力を持つ時代になっていますから「ガンダムの名前がなければ観てもらえない、話題にしてもらえない」というのもわかります。でも、ガンダムの名は作品を良くする方には働かないかもしれない。という話の後編です。

命を扱う物語として

そもそも一般論としてスポンサーの介入なんてクリエイターにとってロクなもんじゃないわけです。プラモデルが売れないのをアニメのせいにするなよ、と。結局のところ「売れるプラモデルとは何か」がわからないままというだけのことでしょう。

バンダイは知るべきです。ガンプラは猫が遊んでくれない、と。

いや……「あんた、何を言ってるんだ」と思われるかもしれませんけど、いたってマジメな話です。

ずっと買わなかったプラモデルですが、大人になってひさしぶりに買ったのは『∀ガンダム』の"スモー"でした。シド・ミードによるデザインです。シド・ミードと言えば「ありえない」荒唐無稽なものではなく、実際に存在できそうなもの、つまり「地に足のついた」デザインで知られています。手に取って、見てみたかった。それが購入の動機です(超たいせつ)。

で、当時うちにいた今は亡き12代目の三毛猫にちょっと遊んでもらおうとしたのですが、無視。無視ですよ。「ま、動かないものに興味はないよね」と思ってゾイドも買ったのですが、それもダメ。

猫は動けばなんでも反応するわけではなく、無機質なものには関心がありません。見た目が人型とか動物型とかということはどうでもよく、むしろただのビニール紐とか、ただのゴムボールみたいなものに命を感じます。『チョロQ』は好きです。1代目の茶トラも遊んだチョロQを出してくると、三毛は遊んでくれた。ぼくもチョロQが大好きです。

もちろんガンプラを猫が興味を持つように変えろという話ではないですよ。でも、玩具のターゲットは人間だけである必要はなく「猫も」「犬も」でいいんです。コンピューターゲームと違って、物質的であることの強みを見失っているのではないでしょうか。

先進国の人口が概ね減少傾向にある今、「社会は人間だけのものではない」という視点を持てるかどうかは、様々な局面で意味を持ってくると思います。

人間は、少なくとも猫よりは、命のありかに敏感であってほしい。そして、ガンダムは昔からそのあたりに欠けています。

視聴者を映す鏡として

『水星の魔女』は主人公が女性ということで、注目を浴びました。とはいえ、ガンダムはもともと「男のもの」だった戦争に"女子供"も否応なく巻き込まれる物語ですから、モビルスーツに乗る女性についてはすでに多く語られています。

なのに新鮮なことのように扱われるのは、なぜでしょう?

その理由のひとつは、"主人公の意味"が変わってきたからではないでしょうか。以前は視聴者の"心の置き所"だったものが、今はアイドルグループの"センター"のような扱いが強くなってきています。

『水星の魔女』の主人公、スレッタ・マーキュリーは、女の子。これまでのガンダムとの違いを言えば、ダメ男が好む弱い格下女として描かれていることと、自分のガンダムに愛着を持っていること。

というと、ちょっと厳しすぎるかもしれませんね。

弱い格下女といっても、若い女性からしてみれば「等身大」とも言えます。所持機のガンダムは強いけど、スレッタ本人は自分に自信がない。単身新しい場所に来て、不安に満ちている。パワハラもすごい、ひどい。そんなスレッタに、電車で見かけるおじさんのように足を広げて座る男達の魔の手が迫る……。

作品というのは鏡のようなものです。特に近年、"ヒットの法則"的なものを機械的に踏襲するようになってきて、創作物の"鏡としての輝き"は増しました。作品がやっていることを見れば、想定されている視聴者や読者、ユーザーたちの顔がよく映る。

この点については、水星の魔女は比較的うまくやっていると思います。ファンの女性がコスプレしたときに露出度が高くなるよう仕向けるあざとさを排除しているだけでも。

一方、"自機への愛着"はどうなんでしょう。こういうのって、あえてちょっとクレイジーに見せないと難しいんじゃないかなと思います。バンダイが送る「ガンダムは主役、ガンダムはカッコ良い、ガンダムは……」という洗脳電波に侵されていなければ、"自機への愛着"には(いきなりは)共感できませんからね。でも今のところ、劇中のスレッタの気持ちより、バンダイの都合をより強く感じてしまいます。まだお話の途中ですから、今後説得力を増していくとは思いますけどね(とハードルを上げる)。

ただ、最初からうまくやっている作品もあって、ロボットもので女性主人公と言えば『機動警察パトレイバー』が思い出されます。こういうときに他の作品と比較するのはとても馬鹿馬鹿しいことですが、新作も予定されている超有名作品に結果的に寄せてきているのでさすがに気になります。

パトレイバーはそもそも、ロボット(作中では"レイバー")がカッコ良い必要はない、という視点を内包し、表現している作品です。『エヴァンゲリオン』も影響を受けていると言われますが、昔の"細かいことは気にしなかった"時代のご都合主義を批判的に取り込んで物語の厚みを増しています。

パトレイバーの主人公・泉野明は(アニメ版で)自分が搭乗することになったパトレイバーに「アルフォンス」という名を付け、愛でます。もちろん、劇中において野明のそういうところは「痛い子」扱いです。

ただ、アルフォンスという名はパトレイバーで3代目。野明が以前飼っていた犬と猫に続くものなんです。この簡単な設定で、野明の"自機愛"には命が宿っています。

外交を否定する物語として

ガンダムに限らないのですが、日本には結果的に"戦いに至る”という結論ありきになっている作品が多くあります。アニメや特撮では、30分の放送で「一度はバトルシーンを入れてね」と言われるという話をよく聞きます。ウルトラマンとか、プリキュアでしたっけ。

戦いのシーンは様々で、ただの暴力というわけでもないのでそれはべつに良いのですが、結果として「外交の無力」を暗に伝えてしまっていることが少なくありません。「戦争の悲惨さを伝える作品」とされるものさえ、外交の力を視野外に置くことで、逆に戦争を"抗えないもの"として見せてしまう側面があります。

前編で触れた、香港の話。日本のカルチャーに親しみ、ガンダムが好きで、日本に向けてメッセージを送った彼らにぼくら日本人は何もできませんでした。もちろん日本も"明日は我が身"と言えなくもない状況にあり、共感を持って彼らに声援を送った人たちもいます。

しかし、この国はデモや社会運動を「やるだけムダ」と冷笑する国です。少数派や追い詰められた人たちが声をあげることを嘲笑う国になってしまいました。遥か遠くの東欧で起きた侵略戦争については、武力で抵抗する人たちに共感しつつ戦火の広がりを肯定する一方で、身近な香港で暴力を用いず鎮圧された人たちに向けたのは、ただの"忘却"。

作品は、"表現していないこと"によってもメッセージを生み、送ってしまうことがあります。「外交の無力」はフィクションなんですが、現実と混同してしまっている人が多くいるのではないでしょうか。

もっとも、『∀ガンダム』は"外交の物語"としての成分が強めな作品でした。シリーズ作品のなかで異端視され、オールドファンに理解されなかったのも無理はないのかもしれません。

分岐点として

正直に言うと『水星の魔女』のこと、書くのはやめようと思っていました。やりたいことも目新しさがあるのもわかるけど、イマイチな気がしたんです。

子ども、若者向けに作っているのはわかるんですけど、どこかで見たようなもののツギハギが目立ち、そのわりにはシーンの"振り"が長いせいで、登場人物の次の言動がわかってしまうことがあるんです。幼児向けなら「既存の作品は関係ない」と言い切れるところですが、それほどでもないしなあ。

だからって自分がターゲットではないことがわかる作品をこき下ろすような真似をするのは無意味だろう、と。

ただ、9話目を見たら脚本が良かったんです。逆に9話目は悪かったという人もいると思います。

調べたら、序盤とは脚本の担当者が違ったんですね。TVシリーズを複数の脚本家が書くのは普通のことですが、序盤の脚本は流れを定めるためメインライター的な人が書きます。でも、それが良くないケースもあります。

例えばアメリカのSFドラマ『Xファイル』は余談エピソードの方がおもしろいことが多く、「ミソロジー」と呼ばれるメインエピソードはおもしろくない(断言)。そういうのは、まあ良くあることです。

ところが、続く10話目も良かった。これも調べてみたら、なんと脚本は序盤と同じ人。独自な世界観が組みあがってきて、ようやく良い流れができてきたんだな、と感じました。

それと同時に、最初にも書いたように「ガンダムではない方がよかった」という気持ちになったのが、放映途中の中途半端な時期にこの記事を書くに至った理由です。少なくともぼくは「ガンダムではない方がよかった」と思えたのはこの作品が初めてで、それは水戸黄門化しつつあったこのシリーズにとって重要な分岐点に思えたのです。

それと、直前に『ダンバイン』を観て思ったんです「ガンダムにされなくて良かった」と。

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