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【医師論文解説】低リスク高血圧患者でも気をつけるべき"絶対に下回っちゃいけない血圧"【Open Access】

【背景】
高血圧は世界的に心血管疾患の20%以上の原因となっており、治療を受けている患者の約半数が目標血圧値を超えているのが現状です。そのため、心血管リスクが低い患者に対する治療の最適化が重要な課題とされていますが、過剰な血圧低下の危険性については十分なエビデンスがありませんでした。

【方法】
本研究では、日本の公的医療保険加入者データベースから、40-74歳で連続して2回の健康診断を受けた就労年齢者1,132万人のうち、以下の条件を満たす92万人を抽出しました。
①高血圧治療中
②既往の心血管疾患なし
③10年間心血管リスク10%未満
対象者を収縮期血圧(<110、110-119、120-129、130-139、140-149、150-159、≧160mmHg)と拡張期血圧(<60、60-69、70-79、80-89、90-99、≧100mmHg)の値でグループ分けし、心筋梗塞、脳卒中、心不全入院、末梢動脈疾患の複合イベントと各単独イベントのリスクを評価しました。

【結果】
平均年齢57歳、追跡期間中央値2.75年で、22,833件の心血管イベントが発生しました。拡張期血圧が基準値(70-79mmHg)より低い<60mmHgのグループでは、複合イベントリスクが有意に高く(調整ハザード比1.25、95%信頼区間1.14-1.38)、特に心筋梗塞と心不全入院で顕著でした。一方、収縮期血圧110mmHg未満のグループでは、複合イベントリスクの上昇は認められませんでした(同1.05、0.99-1.12)。低リスク層別け、経過追跡、交絡因子調整後の感度分析でも同様の結果が得られました。
各群の数字は以下の通りです。
・SBPでの調整後ハザード比(95%信頼区間)
<110mmHg:1.05(0.99~1.12)
110~119mmHg:0.97(0.93~1.02)
120~129mmHg:1
130~139mmHg:1.05(1.01~1.09)*
140~149mmHg:1.15(1.11~1.20)*
150~159mmHg:1.30(1.23~1.37)*
≧160mmHg:1.76(1.66~1.86)*

・DBPでの調整後ハザード比
<60mmHg:1.25(1.14~1.38)*
60~69mmHg:0.99(0.95~1.04)
70~79mmHg:1
80~89mmHg:1.00(0.96~1.03)
90~99mmHg:1.13(1.09~1.18)*
≧100mmHg:1.66(1.58~1.76)*

【論点】
低リスク高血圧患者において、拡張期血圧60mmHg未満が心血管イベントリスク上昇と関連しましたが、収縮期血圧110mmHg未満ではリスク上昇は明らかではありませんでした。先行研究では高リスク患者において収縮期120mmHg未満、拡張期70mmHg未満で有害事象リスクが高いことが報告されていますが、本研究結果は低リスク患者では過剰な血圧低下の危険性がより小さいことを示唆しています。

【結論】
低リスク高血圧患者において、拡張期血圧が60mmHg以上であれば低い治療血圧値を維持することは安全と考えられます。本研究結果は、適切な層別化とモニタリングのもと、未治療の低リスク高血圧患者に対する積極的な治療介入の余地があることを示しています。ただし、治療介入のベネフィットとリスクを検証するには、治療目標値を複数設定した臨床試験が必要不可欠です。

【文献】
Mori, Yuichiro et al. “Low on-treatment blood pressure and cardiovascular events in patients without elevated risk: a nationwide cohort study.” Hypertension research : official journal of the Japanese Society of Hypertension, 10.1038/s41440-024-01593-y. 14 Feb. 2024, doi:10.1038/s41440-024-01593-y

【所感】

高血圧患者への治療アプローチを見直す上で非常に重要な知見です。高リスクな患者のコントロールは控えめに、というのはコンセンサスの得られてきているものと思われますが、低リスク患者については高リスク患者で言われているほどは控えなくてもよさそうです。ただ、経時的にリスクは変化していくものです。モニタリングをしつつ、リスクに応じて治療強度を変える戦略が必要になってくるのかもしれません。

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