【医師論文解説】耳鼻科医必読:特発性顔面神経麻痺の新たな治療戦略 - 2023年版ガイドライン解説【OA】
目的:
ベル麻痺の適切な治療法の提供
施設間での治療の差異の軽減
安全性と治療成績の向上
方法:
GRADE(Grading of Recommendations Assessment, Development, and Evaluation)システムに基づいて開発
PICOフレームワークを用いて臨床疑問を特定
系統的レビューとメタ分析を実施
エビデンスの質、利益と害のバランス、患者の価値観と選好、リソースの影響、実施可能性を考慮して推奨を作成
主要な推奨事項
a) 全重症度に対する全身性標準用量コルチコステロイド:
強い推奨 (エビデンスの確実性: 中)
用量例: プレドニゾロン60mg
発症6ヶ月後の非回復率を60%減少 (RR 0.60, 95%CI 0.43-0.83)
後遺症も53%減少 (RR 0.53, 95%CI 0.42-0.68)
b) 重症例に対する全身性高用量コルチコステロイド:
弱い推奨 (エビデンスの確実性: 非常に低)
用量例: プレドニゾロン120mg
非回復率を63%減少 (OR 0.37, 95%CI 0.18-0.79)
副作用のリスク増加に注意
c) 重症例に対する鼓室内コルチコステロイド投与 (全身性標準用量に追加):
弱い推奨 (エビデンスの確実性: 非常に低)
非回復率を77%減少 (OR 0.23, 95%CI 0.08-0.69)
鼓膜穿孔のリスク (約1%)に注意
d) 全身性抗ウイルス薬 (コルチコステロイドに追加):
弱い推奨 (エビデンスの確実性: 中)
発症6ヶ月後の非回復率を40%減少 (RR 0.60, 95%CI 0.40-0.90)
後遺症も44%減少 (RR 0.56, 95%CI 0.36-0.87)
e) 重症例に対する減圧手術:
弱い推奨 (エビデンスの確実性: 非常に低)
非回復率を37%減少する可能性 (OR 0.63, 95%CI 0.35-1.14)
高音域での聴力低下リスクに注意
f) 鍼治療:
弱い推奨 (エビデンスの確実性: 非常に低)
急性期: 無反応を48%減少 (RR 0.52, 95%CI 0.42-0.64)
後遺症期: 非回復を37%減少する可能性 (RR 0.63, 95%CI 0.32-1.22)
g) 理学療法:
弱い推奨 (エビデンスの確実性: 非常に低)
非回復率を49%減少 (RR 0.51, 95%CI 0.31-0.83)
Sunnybrookスコアを12.7ポイント改善 (95%CI 3.11-21.02)
h) 後遺症に対するボツリヌス毒素治療:
弱い推奨 (エビデンスの確実性: 非常に低)
2つのRCTで有効性を報告
i) 非回復/後遺症に対する顔面再建手術:
弱い推奨 (エビデンスの確実性: 非常に低)
全ての研究で有効性を報告
重要なポイント
重症度に応じて治療方針を検討することが重要
標準用量コルチコステロイドは全重症度で強く推奨
重症例では高用量コルチコステロイド、鼓室内投与、減圧手術を考慮
抗ウイルス薬の追加は全重症度で考慮可能
鍼治療、理学療法は補助療法として検討
後遺症に対してはボツリヌス毒素治療や顔面再建手術を検討
ガイドラインの限界と今後の課題
ラムゼイハント症候群や外傷性顔面神経麻痺に関するCQは含まれていない
患者の関与や適用とモニタリングの面で改善の余地がある
約10年後の改訂を予定
このガイドラインは、最新のエビデンスに基づいて作成されており、ベル麻痺の治療に関する重要な指針を提供しています。耳鼻科医として、個々の患者の状態や重症度を慎重に評価し、このガイドラインの推奨事項を参考にしながら、最適な治療方針を決定することが重要です。
文献:Fujiwara, Takashi et al. “Summary of Japanese clinical practice guidelines for Bell's palsy (idiopathic facial palsy) - 2023 update edited by the Japan Society of Facial Nerve Research.” Auris, nasus, larynx, vol. 51,5 840-845. 29 Jul. 2024, doi:10.1016/j.anl.2024.07.003
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所感:
2023年に更新されたベル麻痺の臨床診療ガイドラインは、我々耳鼻科医にとって非常に有意義な指針となっています。
エビデンスの質と推奨の強さ: このガイドラインがGRADEシステムを採用し、エビデンスの質と推奨の強さを明確に示している点は高く評価できます。特に、全身性標準用量コルチコステロイドの強い推奨は、日常診療における確信を強めてくれます。
治療オプションの多様化: 重症度に応じた治療選択肢の提示は、個々の患者に最適な治療を提供する上で非常に有用です。特に、重症例に対する高用量コルチコステロイドや鼓室内投与の選択肢が示されたことは、治療の幅を広げる点で歓迎すべきです。
補助療法の位置づけ: 鍼治療や理学療法などの補助療法に関する推奨が含まれたことは、総合的な治療アプローチを考える上で重要です。ただし、これらの療法のエビデンスレベルが低いことを考慮し、慎重に適用する必要があります。
後遺症への対応: ボツリヌス毒素治療や顔面再建手術に関する推奨が含まれたことで、長期的な患者管理の指針が明確になりました。これは、患者のQOL向上に寄与する重要な点です。
実践への適用と教育: このガイドラインは、若手医師の教育にも非常に有用です。エビデンスに基づいた治療決定プロセスを学ぶ良い機会となるでしょう。
今後の課題: エビデンスの確実性が「非常に低い」とされる推奨事項が多いことは、今後の研究課題を示唆しています。特に、減圧手術や補助療法に関する質の高い研究が望まれます。
個別化医療との調和: ガイドラインの推奨を踏まえつつ、個々の患者の状況や希望に応じた治療選択を行うことの重要性を、若手医師に強調していく必要があります。
多職種連携: 理学療法や鍼治療の推奨は、他職種との連携の重要性を示唆しています。チーム医療の観点からも、このガイドラインを活用できるでしょう。
結論として、この新ガイドラインは日常診療に直接的に役立つ内容であり、エビデンスに基づいた治療決定を支援するツールとして高く評価できます。同時に、まだエビデンスが不十分な領域も明確になっており、今後の臨床研究の方向性も示唆しています。我々指導医は、このガイドラインを適切に解釈し、実践に移すとともに、さらなるエビデンスの構築に貢献していく責任があると考えます。