東京下町の小さな餅つき大会
病気のため電車に乗るのが難しくなった私は、徒歩で会社に通えるよう、東京の下町に住んだことがある。
美術館巡りのために東京には何度も来たことがあったので、何となくそれぞれの街のイメージも持っていたつもりだった。ただ、住んでみると見える景色が違ってくる。
最初に衝撃だったのは『餅つき大会』だった。
まだコロナ禍前、私が住んだ小さな古いマンションの近くに、「年末餅つき大会」のポスターが貼ってあった。町内会ごとに餅つき大会があるようで、少し歩くと別の餅つき大会のポスターが貼ってある。餅が好きな私は、2箇所の餅つき大会に行ってみることにした。
1件目は家の近くの、少し広い道路で行われていた。あんこ・きなこ・ごま・甘醤油と、たくさんのつきたて餅が並んでいる。50代前半くらいの筋肉質な男性がついてくれたお餅は、フワフワだった。隣のテントでは焼きそばを鉄板で焼いていて、それも食べていいという。子供達は駄菓子をもらったり、ミニゲームをしている。「下町」と題した写真が何枚でも撮れそうだった。
2件目は、家から離れた大きな公園の広場で行われていた。30代くらいの男性が、餅を力強く突いており、見ている私にも突かせてくれた。小さい頃に遊びのように軽く突いたことはあるが、あらためてやってみると重たい杵を真ん中に振り下ろすのは体幹をかなり使う。すぐに根を上げて、お礼を言って杵を返した。
白いテントの下では、30代くらいの女性達がお餅を準備してくれていた。こちらもフワフワで、お腹いっぱい食べさせてもらった。
2件ハシゴしてみて何より衝撃を受けたのは、若い人が沢山いることだった。人が少ない地域で生まれ育った私にとって、お祭りは若い人が駆り出され、個々の負担も大きいイメージだった。
このお祭りは誰もが楽しそうで、疲れている顔をしている人はいなかった。開催側に回れば苦労もあるのだろうが、今まで見てきた地元のお祭りの中で、人の活気を1番感じた。
お餅つきから始まり、住めば住むほど、この街の魅力に取り憑かれていった。
意外と公園がたくさんあり、しっかり管理されているので、人の手で美しく整えられた自然を毎日楽しめた。
ものすごく美味しいパン屋さんは、味が個性的で、開店時間もバラバラなのにいつも行列ができていた。感度の高い人がたくさん住んでいるので、ファンがしっかり付くのだと感じた。
古い商店街はたくさんの人が行き来しており、江戸言葉で話すお店の人との会話が楽しかった。
服装が派手な人も、地味な人もいて、私がどんな服を着ても街に溶け込んだ。
元からこの街に住んでいる人も、この街が好きで住み始めた人も、いろんな背景の人がいた。
この街は生きやすい。そう感じた。
古い賃貸マンションでの思い出は、病気と向き合う暗い時間と、街の活気を感じる明るい時間で構成されている。
その全ての時間が懐かしく、温かい。