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光と闇、欲と無欲

人が自分の光に気づき輝かせる事ができさえすれば、

論語-里仁やそれを踏襲した皇甫謐が遺した『朝(あした)に道を聞かば、夕べに死すとも可なり』であり、

葉隠に書かれた『武士道と云うは死ぬこととみつけたり』であろうと考える。

これは精神世界系で良く言われる、光を求める、闇を見ない事の第2段階であり、一般的には分かりにくい。

なぜなら、その人が本当にこの問題に対して、真摯に且つ深く求めなければ気づかないからである。

闇は一見、黒、悪、嫌の概念が当てられているが、欲が肥大化した姿が闇であり、光が強すぎれば害になるのと同じだからである。

欲を出すのが悪いのではない。

むしろ、欲を出し、感情の浮き沈みを経験し、浸るのは今生きている証である。

しかしながら、その欲を自制し過ぎても、走らせ過ぎても本質的な光には到達せず、闇に近づく。

今あるものを大切に

今できる事を真摯に行う。

ただ、それだけ。

光あるところには必ず影(闇)があり、

闇と本当の光を区別する事

つまり、自分にとって本当に必要な事

今絶対に必要、将来に渡って必要等の区別はある程度行うと良い

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