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東畑開人『野の医者は笑う』と、言葉選びへの異様な関心

最近文庫化された東畑開人さんの『野の医者は笑う:心の治療とは何か?』(文春文庫)を読んだ。帯はブレイディみかこさん。元々は誠信書房で刊行されていた本で、東畑さんの商業デビュー作にあたる。

東畑さんは、京大教育学系の出身——ということは河合隼雄(従ってユングや精神分析)の影響を多かれ少なかれ受けている——の心理学者にして臨床心理士でもある。紀伊國屋じんぶん大賞と大佛次郎論壇賞を受賞した『居るのはつらいよ』で知っている方も多いかもしれない。

『野の医者は笑う』の流れは『居るのはつらいよ』と感情の持って行き方がよく似ている。感情曲線が同じなんですよね。だから片方が好きな人は他方も好きなはず。ちょっとスターウォーズ的というか、ハリウッド映画みたいな感情曲線を作っているとこがある。

ちなみに、『スマホ時代の哲学』では、何度か東畑さんの著作を引用した。結構これが助けになった。

さて、『野の医者は笑う』の話。

本書は、いろいろな宗教を取り合わせるパッチワーク宗教とか、ポストモダン宗教とか、新たな霊性(スピリチュアリティ)と呼ばれるものの駆動原理を解き明かすこと、それによって、同じく「人の心の治療」に携わる臨床心理学の位置づけを再規定しようとするところにある。両方とも心の治療に関わる営みであるため、比較に値するものとなるというわけだ。

その面白さについてはこの本を普通に読めばすぐにわかるし、書評の類を探せばわかることなので、ここでは詳しく話さない(し、こんな記事を購読するくらいだから、みんな真面目だろうから語るのも野暮だ)。

そういうあらすじ的なものからはこぼれ落ちていく話をしよう。この記事で拾いあげるのは、東畑さんのオブセッション(強烈なこだわり)だ。

それは、言葉や名前に対する異常なまでの執着である。とりあえずいくつか引用しよう。

「あの、ヤブーってなんですか?」私は口を挟んだ。
「うーん、なんて言うのかな。ヤブ医者かな。でも、それも違うかな」
 彼女はその沖縄方言をうまく翻訳できなかった。

pp.25-6

「ヤブー、ヤブ医者、野巫医者……」私はもう一度、呟いた。
 そのときだ。突然、ロクでもないアイディアが降ってきた。魔が差す時間帯だったのだ。
「野の医者!」
 突然、降ってきたネーミングに私は興奮した。カッコいい!

p.27

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