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雑学マニアの雑記帳(その12)準天頂衛星

カーナビ、あるいはスマートフォンの地図アプリなどでおなじみのGPS、その精度は現状数メートル程度と言われている。米国が運用するGPS衛星は30基以上打ち上げられているが、利用者の上空に位置して利用可能な衛星はその内のほんの一部であり、常時6基程度のようだ(準天頂衛星みちびきのホームページでは、全国主要都市から見た各種測位衛星の位置情報を見ることができる)。
より高精度の位置情報の測定には8基以上の衛星情報が必要とされている。そこで、日本独自の測位衛星「みちびき」を打ち上げ、数センチレベルの測定精度の実現を目指している。みちびきは、2018年からは4基体制で運用が開始され、常時その内の3基が上空に位置して利用可能となるように工夫が施されている。みちびきは米国のGPS衛星と互換性を持たせているため、GPSと合わせて9基程度の測位衛星が常時利用可能となる計算だ。さらに2023年までには、みちびき7基体制に増強されることが予定されており、より安定した測位環境が整う。
さて、ここで疑問となるのが「準天頂衛星」とは何か、ということである。「静止衛星」は良く知られているが、準天頂衛星という言葉はこれまで馴染みのなかった言葉である。見かけ上、天頂付近に滞在する時間が長いということだが、どのような仕組みになっているのだろうか、興味深い。
静止衛星というのは、赤道上空に位置して、地球の自転速度に合わせて一日に一回、地球の周りを公転する円軌道の衛星で、見かけ上は同一の方向に静止しているように見えるものだ。衛星放送に利用される放送衛星などがこれにあたる。静止して見えるため、その方向に受信アンテナを向けて設置すれば、常時電波を受信することができる。常時利用可能というメリットがある一方、その衛星の方向にビルや山などの障害物がある地点では、常時利用不可能となる欠点もある。
一方、GPS衛星の場合には、例えば南の地平線から昇って来て天頂付近を通過して北の地平線に沈むといった見え方になる(実際には地球の自転の影響等によって、もっと複雑な動きとなるが)。その間、実用上利用可能な時間は最大でも4時間程度であるため、30基以上もの「数で勝負」する必要が出て来る。もちろん、米国の場合には軍事的な目的でのGPS利用が想定されているために、地球上のあらゆる場所をカバーするためにこれだけの衛星を用意する必要がある訳だ。それに対して、日本の国内利用のみが目的であれば、日本上空さえカバーできれば充分である。ローカルなサービスに限定した衛星軌道を考えれば良いのだ。
それでは、具体的に準天頂衛星の軌道がどのようなものか、調べてみる。基本は静止衛星と同様に、地球の自転に合わせて一日に一回地球の周りを回る軌道となっている。静止衛星との違いは、静止衛星が常に赤道上空に留まっている(赤道面と衛星の軌道面が一致している)のに対して、準天頂衛星は、赤道面と軌道面が45度程度の角度で交わっている点にある。常に赤道上空にあるのではなく、一日に一回、北半球上空と南半球上空を往復する形となる。さらに、静止衛星のように円軌道ではなく、北半球(日本)上空では地球からの距離が遠く、南半球上空では地球からの距離が近い楕円軌道を採用している。楕円軌道では、地球からの距離が遠い程、その公転速度が遅くなるため、日本上空ではゆっくり移動し、南半球の上空では速く移動することで日本上空での滞在時間を長くとることが可能となる。
軌道イメージの図に示した通り、衛星は日本上空とオーストラリア上空を往復することがわかるが、「8」の字の上半分ではゆっくり移動し、下半分は速く移動するため、日本上空付近に長い時間とどまることになる。

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一日の中で仰角50度以上の天頂付近に12時間、仰角20度以上であれば16時間ほど滞在することになる。三基のみちびき衛星が、この準天頂衛星軌道上で約8時間の時間差を置いて配置されている(下図)。従って、仰角70度以上の「ほぼ天頂」に、常時少なくとも一基の衛星が位置することになる。常に天頂付近に留まっている訳ではないので、「準」天頂衛星と呼ばれているのだろう。

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サービス範囲を日本近辺に限ることで、米国のGPSに比べて極めて少ない数の衛星で済むとは、うまい仕組みを考えたものだ。数センチ程度の僅かな誤差での測位も可能になるため、応用範囲もさらに拡がって、建設機器や農機の自動運転なども可能になるという訳だ。
ここまで見ると良いこと尽くめのように見えるが、衛星を利用したインフラは、一定の脆弱性を孕んでいることを忘れてはなるまい。例えば、磁気嵐による衛星搭載機器の障害や通信障害、あるいは人為的な妨害などによって、ある日突然に測位システムが利用不能となる可能性があることは充分に留意しておく必要があるだろう。
東日本大震災の際には、電波時計用の標準電波を送信していた福島の電波塔が一ヶ月以上も利用不能となったことがあった。日本には福岡・佐賀県境にもう一基が運用されているが、カバー範囲はおよそ千キロであることから、東北や北海道を中心に電波時計の精度低下が発生した。時計の場合には電波による正確な時刻合わせ機能が失われたとしても、ある程度の精度は確保されるため、一般の生活者への影響は限定的であったかもしれないが、GPSの場合は、より深刻な影響が懸念される。
自動運転などにGPSを利用する際には、サービスの不意の停止に対する対応処置をしっかりと用意しておく必要がある。科学技術の進歩に対して、サービスの安全性・安定性が追いつかないという事象は歴史上少なからず繰り返されている。利用者としても、便利なサービスの裏に潜んでいるリスクについて充分に考慮する必要がありそうだ。






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