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電波鉄道の夜 57

【承前】

「なにか心当たりでもあるのかい」
 男の人はじっと女の子を見つめて尋ねた。その目は大きく見開かれている。吸い込まれそうな青い目だった。
「いいえ」
 女の子は一度首を振った。それから男の人の目をしばらく見てから、もう一度首を振った。
「船に乗ってたのです」
 男の人の目にいざなわれるように、女の子は話し始めた。目を細め、思い出しながら、痛みに耐えるように。
「その船に、黄色い光が降り注いだのです。それで船が無茶苦茶になって、氷山にぶつかって、それで、船が沈んで、お父さんも、お母さんも、お兄さんも……先生も」
 女の子は口をつぐんだ。窓の外、遠くを見つめる。
「奪われてしまったのです。突然に」
 断絶の響きを持った言葉だった。言葉は座席に沈み込んでいった。
 お姉さんも男の人もなんというべきかわからないようだった。黙り込み、各々が言葉を探している。僕も、なにか言おうと思考に潜る。ちらりとお姉さんの赤いリボンを見る。こんなとき、モネならなんて言うだろう。
「なるほど、失われたものに理由があるのかどうか、というのが君にとって大事なわけだ」
 頭の中のモネが言う。いつだったかのお悩みコーナーでの回答だっただろうか。あの時はモネも少し考えて、言葉を選びながら口を開いていたのをよく覚えている。
「そりゃあ、一言で言っちゃえば『理由なんてない』なんだと思うよ。理不尽なんてものは理不尽なもんなんだからさ。でもね、あー」
 そこでモネは言葉を切った。少しだけ言葉を探して、口を開く。
「理由が欲しいってのも分かる。ただ理由もなく失われたなんてのは悲しすぎるからね。何かの代償だったり、犠牲だったりして、失われたことに価値があってほしいんだよね。そう思うのは悪いことじゃない」
 首をひねってから続けた。
「そうじゃなかったら、例えば悪いやつがいて、そいつが奪って行ったんだって思うかもしれないね。それならそいつを憎めばいいんだから」

【続く】


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