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電波鉄道の夜 82

【承前】

 だから、この夜もいつかは明けるのだと思う。明るくなれば、黄色い目のこの男も坊っちゃんがもはや生きていないことに気がつくかもしれない。明けない夜がなくても、すべての者が朝を迎えられるわけではない。
 その時煙はどうするのだろう。男の人形遊びで付き合うのだろうか。あるいはそれからもずっと。
 尋ねてみるわけにもいかない。黄色い目の男はじっと坊っちゃんの方を見ている。坊っちゃんに話しかければ問い質されるに違いない。
 そもそも、そんなことを知ってどうなるというのだ。煙ともこの二人とも旅の途中で出会っただけの関係なのだ。彼らがこれからどこへ行き、どうするかなんて僕には関わりのないことだ。
 それでも、と考えてしまう。
 夜が明けて、坊っちゃんが起きてこなかったときに、この男はどうするのだろうか、と。
 ここまでの男の口ぶりと目つきからそれは容易に想像できることだ。
 彼の黄色く輝く目は何も見ていない。坊っちゃんの方を見つめているようで、坊っちゃん自身を見ているわけではない。
 きっと彼はずっと待ち続けるのだろう。坊っちゃんが目を覚まして立ち上がるのを。もう二度と起きることがないなんて考えもせずに。日が登り沈んで、また夜が来て、また朝が来て、それを何度も何度も繰り返しても、ずっと。
 僕には関係のない話のはずなのに、その光景を想像すると何故だがとても可哀想に思った。なにも見ず、何も知らずにここで朽ちていくであろう男と彼を縛りつけ続ける死体。死体は生前どうしてほしいと思っていたんだろう。もしかして、煙の言葉にはいくらかの身体の持ち主のものが含まれていたのかもしれない。
 男はじっと坊っちゃんの方を見ている。眠るように死んでいる坊っちゃんの方を。黄色く輝く見開いた目で。
 目をそらし、馬を撫でる。そういえばこの馬に、なにか食べさせるものがあるだろうか。ポケットを探る。その指先にごろり、と触れるものがあった。

【続く】

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