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電波鉄道の夜 121

【承前】

 がたんごとん。
 電車の揺れに目を開く。窓の外を素早く暗闇が通り過ぎていく。疲れた体を草臥れた座席にもたれかけさせる。へたり切った布地が柔らかく体を受け止める。
 目線を座席の正面に向ける。
 同じように女性が座席にかろうじて引っかかるようにもたれかかって目を瞑っている。その頭の上で揺れる燃える赤の髪飾り。
 僕の視線を感じたのか、女性は物憂げに目を開いた。 
「なんだよ」
「いえ、なんでもありません」
 気恥ずかしくなって目を逸らす。深いため息が聞こえる。
「あー、その」
 もごもごと女性は口を開いた。所在無げに片手で髪飾りをいじっている。
「どんな娘だったんだよ、この髪飾りしてたのは」
 今晩何度も聞かれた質問。でも女性の口から発せられるのは奇妙なことのように思えた。
「モネって名前なんだっけ? どんな娘だったんだよ」
 モネ、という響きに記憶が薄く疼きはじめる。
「モネは、モネですよ」
「だから、それがどんな娘だったんだよってきいてんの」
 ふん、と鼻を鳴らして女性が尋ねる。薄い記憶の向こうはまだはっきりとは見えない。けれども探り出した言葉を少しずつ繋いでいく。
「どんなってのは意味がないんです。結局のところ、モネらしいことってのはモネのすることがモネらしいことなんですから」
「へえ」
「だから、君は君のすることをすればいいんです。それがモネのモネとしての振る舞いなんですから」
「あたしのすることか」
 片方の眉を上げながら口をへの字に曲げ、女性は呟く。少し首を傾げて考えてから、躊躇い顔で口を開いた。
「それがどんなにモネらしくなくてもか?」
「ええ、だって君はモネだろう」
「違うよ。あたしはモネなんかじゃない」
 きっぱりとした強い口調。僕の目をじっと見つめながら。ふわふわと揺れる瞳。モネは確かにこんなふうな不定形の言葉を使っていたように思える。
「モネはあたしじゃない」
 女性は髪飾りに手をかけるとふわりと解いた。

【続く】

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