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電波鉄道の夜 11

【承前】

 バリン
 音を立てて瓶が割れる。
 確かに芯を喰った手ごたえ。この一撃を食らって立っていられた奴は街でもほとんどいなかった。
 思った通り、車掌さんは力なく倒れ込む。車掌さんの握っていた鎖が床に落ちてがちゃりと音を立てた。わき腹をつま先で蹴ってみる。小さなうめき声。命まではとってはない、はず。
 落ちた鎖の先、ヒトガタの一つを探る。頑丈な黒の袋で包まれたヒトガタ。ちゃんと目か耳か鼻が残っていたらいいのだけれども。
 ジッパーを下ろし、袋を開ける。二つの目が僕を見返していた。ああ、よかったと安堵が胸に沸く。少なくとも目は確保できそうだ。もう少しジッパーを下ろす。
「え?」
 二つの目がギラリと光る。深い闇色の光。混乱。床に横たわる車掌さんの顔を覗き込む。それからもう一度袋の中を覗く。混乱は収まらない。
 袋の中から見返す目は、いや、無表情に僕を見つめるその顔は、床でうめいている顔とまるで同じだった。
 動揺が思考を侵す。意識の空白。その間に、袋から手が伸びてくる。気がつくのが遅れる。数瞬
だけ、けれども致命的なほどに。
 伸びた手が僕の首に絡みつく。かろうじて左手を隙間にねじ込む。
 袋を振り払いながら、二人目の車掌さんが立ち上がる。僕を動かない一人目の車掌さんの隣、冷たい床に押し倒しながら。
 「乗務員への暴力行為はご遠慮いただいております」
 感情のない声。昏い瞳が僕を見つめる。首の手を振り解こうともがく。万力のような力でびくともしない。挟み込んだ左手ごと砕き潰されそうになる。
 頭に送られる酸素が少なくなり、意識が遠のいていく。頭の中に映像が展開される。聞いたことがある。走馬灯。
 けれども、再生されているのは僕の生涯じゃない。見えるのはモネの顔。頭の中のモネのアーカイブ。この顔は、そうだ手を付けてはいけないお金を投げ銭にしてドブンブレラに追われているファンへの言葉。たしか、あの時モネが言ったのは。

【続く】


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