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電波鉄道の夜 64

【承前】

「絶対にいるのです」
 もう一度繰り返した言葉は弱々しく消えていった。
「そうかい」
 興味深そうな目つきで、男の人が頷く。なにかを言い返そうとする。なにも思いつかない。炎は思考を全部燃やしつくして、頭は中に冷たい灰が詰まったみたい。ちっとも上手く動いてくれない。
「それじゃあ、大切にするんだね。頭の中にいるセロリモネを」
「ええ、当たり前です」
 こんな時にモネなら、なにか気のきいた嫌みの一つでも言い返すのだろうか。頭の中のモネに問いかける。
 答えはない。
「え?」
 頭の中を探して回る。灰だらけの真っ白な頭の中。あのわかりやすい燃える赤の髪飾りは見当たらない。
「モネ?」
「どうしたんだい?」
 口に出して呼びかける。答えはやっぱり帰ってこない。
 あの声も笑顔も、ずっと頭の中にあったはずなのに、全部が燃え落ちて灰の中に消えてしまった。
「モネが、いない」
「だから、そう言っているだろう」
「そうじゃなくて、僕の頭の中から」
「いなくなっている?」
 頭の中の沈黙は確かなモネの不在を告げていた。
 立ち上がる。
「どうした?」
「探しに行かないと。ここにいないなら、ここでないどこかにいるはずじゃあないですか」
「どこへ探しに行くのさ」
 男の人が窓の外を親指でさす。
 いつの間にか電車は動き出していた。窓の外の風景が加速していく。モネはさっきの駅で降りたのだろうか。目を凝らしても駅の光はもうぼんやり遠くに小さく見えるだけ。モネの姿は見えない。
「次の駅で引き返します」
「そうかい」
 それじゃあ、と男の人が僕の顔を見上げる。
「とりあえず今は座ったらどうだい」
 そう言われてようやく、自分がまだ立っていることに気がついた。けれども腰を下ろすつもりにはなれなかった。理由を考え、思い至る。男の人が不思議そうに首を傾げる。
「よく考えてみるとさっきの駅で降りたのだとは限りません。僕はもう少し、この電車の中を探してみようと思います。」

【続く】

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