見出し画像

電波鉄道の夜 28

「一番よく覚えているのは寒い海で見た、オーロラでした。なんとも言い表せないような色の大きな光の帯が、空一面にたなびいているのです。僕たちは甲板に立って、オーロラを眺めました」
 そこまで言って、男の子は先生をみて懐かしそうな目をした。
「ね、あの時先生が教えてくれたことは全部覚えていますよ」
「それは、嬉しいですね」
「ええ、あの光は太陽の光が地球の空気と触れ合ってあのように輝いているのだって」
「よく覚えていましたね」
「それから、あの光は見る人によって異なった色に見えるのだ、と仰っていたのも覚えています」
「ええ、そうでしたね」
 先生は窓の外を眺めながら答えた。それを聞いてから男の子はふと思いついたように尋ねた。
「ね、先生。先生はあのオーロラは何色に見えていましたか?」
「私には紫色に見えましたよ」
 へえ、と男の子は驚きの声を漏らした。
「本当に違って見えるのですね」
「何色に見えたのですか?」
「僕には、黄色に見えました。目を焦がすような鮮やかな黄色でした。あの色はまだ目に焼き付いています」
 男の子も窓の外に目をやり、「そうだ」と呟いた。
「あの光を見たあとでした」
 何気なく続けられた言葉を言ったきり、男の子は固まったように黙り込んだ。男の子の方に目をやる。窓ガラスに写った男の子の口は何かを言おうと開かれたままで止まっていた。
 「どうしたね?」
 おばあさんが不思議そうに尋ねた。
「いいえ」
「そうだ、その後だった」
 先生の言葉を遮って男の子が急に話し始める。
「光の中で、突然船が猛スピードで動き始めたのです。あの辺りはたくさんの氷山が浮かんでいて危ないからと、ひどくゆっくり進んでいたのに」
 あれはまるで、と男の子は言葉を続ける。
「まるで、船自体の気が狂ったような速度でした。何人かのお客さんがが振り落とされました。僕たちもお父様たちがしっかりと掴んでくれていなければ海に落ちていたかもしれません」

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?