見出し画像

電波鉄道の夜 25

「こんにちは」
 女の子はお行儀よく挨拶をした。
 そんなに丁寧に挨拶をされたのはずいぶんと久しぶりのことで、なんと返すのが良いのか間が空いてしまった。
「こんにちは」
 おばあさんが絞り出すような声で挨拶を返す。それを聞いて僕も「こんにちは」とあわてて真似をした。
「おばあちゃん、お足痛いの?」
「ああ、ちょっと転んじまってねぇ」
「少し見せてもらっても良いですか?」
 先生、と呼ばれていた男が席に腰を降ろし、網棚からおろしてきた小さな鞄を隣に座る男の子に渡しながら言った。おばあさんは顔をしかめながら、服の裾をめくった。
「うわぁ」
 男の子が覗き込んで声を上げた。すぐに「やめなさい」と先生にたしなめられる。おばあさんの足は足首のところで真っ赤に腫れていた。
「きっとひどく捻ってしまったのですね。湿布を貼っておきましょう」
「はい」
 男の子は鞄を開けると、さっと包帯と湿布を取り出し、先生に渡した。
「どうぞ」 
「ありがとう」
 先生は包帯と湿布を受け取ると、丁寧な手付きでおばあさんの足首に巻いていった。処置が進むにつれて、おばあさんの眉間の皺は薄れていった。
「どうですか?」
 包帯を結び終えて、先生はおばあさんに尋ねた。
「ああ、ありがとう。だいぶ楽になったよ」
 おばあさんは落ち着いた様子で息を吐いた。
「それは良かった」
 先生は道具を鞄にしまうと男の子から鞄を受け取って網棚の上に置き直した。
「あんたはお医者さんかい?」
 ひと心地ついておばあさんは先生に尋ねた。先生は首を振った。
「いいえ、私はこの子達の家庭教師なのです」
「へえ、そうなのかい。随分と手当てが上手いからてっきり」 
「ええ」
 先生ははにかんで男の子と女の子の頭を撫でて言葉を続けた。
「この子達がよくケガをするものですから、その度に手当てをしていて、それでいつの間にか上手になってしまったのです」
 男の子と女の子は顔を見合わせて照れくさそうに笑った。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?