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電波鉄道の夜 101

【承前】

「それに?」
 途切れた言葉の先を促す。
「黄色い目の奴らも、来た」
「そうですか」
「ときどきだったけど、何度か」
「どうしたんですか? そういう人たちは」
 女性はふんと鼻を鳴らして首を振る。
「もちろんその度に丁寧に叩きのめしてやったよ」
 少し後ろめたそうにつけ加える。
「最初に手を出してくるのは向こうだぜ。何も言わないで、いや、何かを言っていたとしてもよくわかんないことを喚くだけだった。あたしはそれを弾き返しただけ」
「別に責めてはないですけど」
「責められるようなこととも思ってないさ。だからさ」
 女性が顔を上げる。僕の目をじっと見つめる。
「お前がさっきのやつをやっちまったことも、責められるようなことじゃないってことさ」
 話はぐるりと回って、元の場所に戻ってきたようだった。女性のまっすぐなまなざしから目をそらせない。
「別に、責められるようなことしたとは、思っていませんよ」
「それならいいんだけどさ」
「ありがとうございます」
 僕はお礼の言葉を口にした。女性はその言葉を欲しているように思えたから。
 実際、僕の言葉を聞いて、女性は気がすんだのか、ふんと鼻を一つ鳴らして椅子に戻り、腰を下ろした。それから、また黙り込み暖炉にいくつか薪を放り込んだ。火は一瞬少し暗くなったけれど、少しずつ薪の表面を舐めて、明るさを取り戻していった。
 ふと、気が付く。その暖炉を見つめるまなざしの中に何か暗い輝きが潜んでいるように見えることに。言葉にされた思いがいつでも本当だとは限らない。本当を隠すために口に出されることはあの町ではしばしばあることだった
 けれども、その疑問を切り出すのはどこかはばかられた。言いたいことを聞くのはさておき、言いたくもないことをわざわざ聞き出すのは気が進まない。それどころか、身の危険をもたらすことも珍しいことではない。だから僕は何も言わないことにした。
 こんこんと、またノックの音が聞こえた。

【続く】

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