電波鉄道の夜 3

【承前】

「モネ!」
 思わず叫んでいた。女の子は煙の中でばたばたと痙攣するように暴れている。煙が酷くて近づけない。見守ることしかできない。
 せめてものできることを探してあたりを見回す。そうだ、と窓に飛びついて下げ開く。重く淀んだ空気が車内に流れ込んで、煙が少しだけ薄れる。
 女の子に駆け寄る。顔色は青白い。ゆっくりと肩を揺すって呼びかける。
「モネ……モネ」
 本当にその名かはわからない。けれども他に呼びかける名も知らない。
 女の子がうっすらと目を開ける。安堵の息が漏れる。
「モネ?」
 女の子が小さくつぶやいた。煙を吞んだからか少ししわがれている。
「大丈夫?」
「ああ、そうだ。私は、モネ。ありがとう。もう大丈夫」
 ぼんやりと答えながら、女の子は立ち上がった。座席にすがり、ゆっくりと腰を下ろす。ほっと息をついて
「この電車はどこへ行くの」
 と尋ねてきた。問われて気がつく。この電車はどこへ行くのだろう?
「なに? 行き先もわからないで乗ってるんだ」
 女の子はしゃがれ声で微笑む。僕は頷くことしかできない。
「ああ、でも、それなら車掌さんに聞いてみるよ」
「いいよ」
 僕の提案に女の子は首を振った。
「どこへだって行けばいい。着いた所でまた考えよう」
 大きな目が僕を見つめている。また、頷いてしまう。違和感。そっと目を見返す。
「なあに?」
 女の子が笑う。何が引っかかったんだろう。
 ガラリと隣の車両と間の扉が開く。
 「じょっさけんぉはうぃっけんいたしゃす」
 ずるりずるりと何かを引きずる音と祝詞が隣の車両から聞こえてくる。車掌さんだ。
「あー」
 女の子は気まずそうに顔をそらし、外を見る。その横顔を見て違和感の理由に気がつく。見慣れた顔、どうして気がつかなかったんだろう。
 その切れ長の目の白目は鈍い灰色に染まっていた。
「その目」
 僕は口を開く。女の子は外を見つめている。
 ずるりずるりと車掌さんの音が近づいてくる。

【続く】


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