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電波鉄道の夜 90

【承前】

 視界の中で灯りはいつの間にか大きくなっていた。灯りの目の前にいることに気がつく。
 灯りは窓から漏れる光だった。森の中にぽつんと、一軒の小屋が経っていた。その窓から小さな明かりが漏れ出ていたのだ。
 馬にすがりながら小屋の周りを巡る。じくじくと脚が痛む。光は暖炉の火のように思えた。少しだけでも休めればよいのだけれど。
 入り口を見つける。ノックしようとして動きを止める。
 ちらりと先ほどの男の恐ろしい顔が頭に浮かぶ。この小屋の主はどんな人だろう。さっきの人のように恐ろしい人でないといいのだけれども。
 止まったまま考える。また、怖い人だったらどうしよう。痛む足では逃げ切れない。痛みと疲れを堪えてよそに行くのが安全ではある。
 僕を引き止めているのは窓から漏れる明るい光だった。赤い炎の暖かそうな光。あの光のそばはとても心地が良さそうで、その引力は危機感を乗り越えて僕を引き付ける魅力があった。
「もう」
 馬が鳴いた。しまった、と思う。いずれにせよ、僕の存在を家主に知られたくなかった。判断する。逃げる方が良いか。
 馬に飛び乗ろうとする。脚が痛む。力が入らない。すがりついたまま滑り落ちる。地面にぶつかる。体中の傷が抗議の痛みを上げる。
「うう」
「お姉さん?」
 うめき声に小屋の中から声が返ってきた。喜びに跳ねるような調子。
「いえ、通りすがりの者で」
「動くな、怪しい動きをしたら仕留める」 
 答えると声の調子は鋭いものになった。足音が近づいてくる。馬にもたれたまま待つ。
 扉が開く。
「誰だ? お前は」
 逆光の中、シルエットが問いかけてくる。背の高い、女性の影だった。その右手にはぎらりと黒く輝くクナイが握られている。使い込まれたクナイ。逃げるのは難しそうだった。
 腹をくくって答える。
「ただここを通っただけです。あなたのシマだとは知りませんで」
「なんだ、お前、怪我をしているのか?」
 女性は僕を見て言った。

【続く】

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