見出し画像

電波鉄道の夜 27

【承前】

「お別れしたのは、ちょうどこんなところだったもの」
 女の子はもう一度万華鏡を覗いて言った。
「お母様はそんなところにはいませんよ」
「いるの。きっといるもの」
 先生は優しい声でなだめるけれども、女の子は強い口調で言い返した。女の子は意固地になったようにぎゅっと筒を握る。その様子を見て先生は困ったように眉を寄せた。じっと二人の話を聞いていた男の子は「ねえ」と女の子の肩にそっと手で触れました。
「ちょっと貸してよ。僕にも探させて?」
「……うん、わかった」
 男の子の申し出に女の子は渋々といった様子で頷いて、万華鏡を渡した。
「ちょっと、お花を摘みに行ってきます」
 女の子はそう言って、席を立った。
「場所わかりますか」
「うん。一人で大丈夫」
 先生の問いに女の子はぶっきらぼうに頷いて隣の車両に向かった。
「あんたは、賢い子だね」
 女の子の背中を見送ってからおばあさんは万華鏡を覗く男の子を見て言った。
「……僕はこの万華鏡を見たかっただけだよ」
 男の子は万華鏡を覗いたまま言った。
「そうだろうともさ」
 おばあさんは足を擦りながら窓の外を眺めた。灯りのない平野がどこまでも広がっている。
「お母さん、を探しているのかい」
「ええ」
 先生は曖昧に相槌を打ち、ちらりと男の子を見た。男の子は万華鏡を窓の外に向けた。
「難しい話かい?」
「いえ、そういうわけでもないのですが」
「そうだよ。僕たちはお母様を探しているんだ」
 男の子が万華鏡を目から外して口を挟んだ。
「ほら、先生もこれを覗いてみて」
「ええ、はい」
 先生は万華鏡を受け取り、所在なさげに手の中でくるくると回した。
「本当に、こんなところだったんだ。お母様とお父様と別れたのは」
「寒いところだったのかい?」
「ええ、僕たちはお父様とお母様と先生と一緒に船に乗っていたんです」
 男の子は窓枠をかりかりと引っ掻きながら語り始めた。
「あの旅は楽しい旅でした。色々なものをみました」

【続く】

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?