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電波鉄道の夜 72

【承前】

「どうなったって言われてもね。すぐに別れたよ。そんなに長く一緒にいることもできないんだから」
 煙が頭の中で答える。どこか申し訳なさそうな響き。その中に不穏な言葉を聞いた。問い返す。
「長く一緒にはいれない?」
「ああ、そうだよ。あんたもそうやって平気そうな顔してるけど、息苦しくはあるんだろう? ずっといたら死んじまうよ」
 とんでもないことを言い始める。それなら早く出て行ってくださいよ、そう言いかけた言葉は煙が続けた言葉に遮られた。
「あの子にも尋ねたんだよ。早く出て行って欲しいのかって。そりゃあ、そうだろうなって思ったんだよ。わかってるさ。あんないい子を殺したいとは思わないからね」
「じゃあすぐに出て行ったんですか?」
 それだけの思いやりがあるなら、少しだけでも僕の方に向けてほしいと思う。その思いは体の中の煙に伝わっているのだろうか。
「いいや、それがあんたとあの子の違うところさ。あの子はね、優しくこう言ってくれたのさ。『あなたが私の中にいたいというのなら、別にいつまでだっていてくれればいいさ』って」
 ちかり、と記憶の中に何かがきらめいた。探そうと記憶の中を振り返る。けれども気がついた時にはきらめきは灰に埋もれて消えていた。
 残念と思う間に、煙は誰かの言葉を真似して続けた。
「『苦しくないってわけじゃないよ。でも、あなたが私と一緒にいたいと思ってくれて、そこに居続けるんなら、私は我慢するよ』って、言ってくれたんだ」
 もしも、この煙に体があったなら遠くを見つめながら語っていただろう。そんな風なしっとりとした声だった。
「それで、ずっと?」
「いいや、まさか」
 煙が首を振った。
「そんな親切をされて、おっちんじまうまで一緒にいるなんてできないよ。次の駅で別れたさ。俺はあの子の吐いた息に乗ってふわふわとあの空に漂って行ったのさ」
 窓の外の空を見る。煙もこの空を見ているのだろうか。あるいはモネも?

【続く】

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