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電波鉄道の夜 49

【承前】

じりり、と発車のベルが鳴る。
「やばいやばい」
 お姉さんが走り出す。僕たちもつられて走り出す。切り離され、短くなった電車、乗り込み口はやや遠い。
「待って」
「ほら」
 お姉さんが手を差し出す。女の子の歩幅は狭い。走る速度も速くない。女の子は頷いて、手をとり一緒に走りだす。お姉さんは飛ぶように駆ける、曳かれて女の子も加速する。乗り込み口まであと少し。
 もう一度、発射のベルが鳴る。先ほどよりも高く聞こえるのは気のせいか。焦る脚が地面を蹴る。息が上がる。粘るような時間の中で、体はあまりに重すぎる。先を行くお姉さんは重さなんてないように、一直線にドアへと転がり込む。女の子も跳び込むように電車にドアをくぐる。もうすぐそこだ、手が届く。
 ベルが鳴り、音を立てて扉が閉まる。
「あ」
 扉のガラスの向こうで、女の子とお姉さんが驚いた顔でこっちを見ている。
 大きな影が街灯の光を遮る。気がつくと、扉に少し隙間が空いている。
「むん」
 野太い声が聞こえた。見上げると大きな男の人が扉の隙間に手を突っ込んでいた。少しずつ、隙間が大きくなる。
「えいや!」
 気合の入った声。同時に扉が開く。
「ふう、危ないところだった」
「あの、ありがとうございます」
「なに、いいってことよ。俺も乗れなきゃ困ってたところだ」
 男の人は額の汗を拭い朗らかに笑った。
「ドアに物を挟むのは良くないよ、君。子供が真似をしたらどうするんだい」
 お姉さんは厳しい表情で男の人を睨んだ。
「ああ、それは、確かに良くないね」
 お姉さんの視線の先には、女の子がへたり込んでいた。きっと驚きすぎたのだろう。
「君は真似しちゃだめだぞ」
「ええ、とてもできませんけれども」
 優しい声をかけて、男の人は女の子を助け起こした。
「さて」
 男の人は車内を見渡し、一つのボックス席に目を止める。
「あの席が君たちの席かな? ご一緒してもよいかい」
「え」
 お姉さんが心底嫌そうな声を上げた。

【続く】

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