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Vol.8 スランプ、女神、飲んだくれ

「マスター、同じのおかわり」

いつものように他に客のいないアンデフィートのカウンターに腰かけ、女神は酒を飲み干すと、グラスを置きながら言った。いつもより飲むペースがやけに早い。

「もうやめときましょう?」

「うるせー、わたしに酒が出せないってのか」

店主が諫めるが、酔っぱらった女神は聞く耳を持たない。しかたなく、店主は酒をグラスに注ぐ。せめてもの抵抗にわざとらしくチェイサーも一緒に出すが、女神はそれに目もくれず酒の入ったグラスを握り締めている。

「何かあったんですか?」

「聞いてよ! ディーちゃん」

渋々水を向けると、待ってましたとばかりに女神はグラスをカウンターに叩きつけた。氷がからりと揺れる。

「いやあ、最近、朝比奈の野郎がさ、おごってくんないのよ」

「朝比奈ってハンターズの?」

ドブヶ丘の誇る非実在球団ドブヶ丘ハンターズの監督に、そんな名前の若者が就任したと客の噂話で聞いたことがあるのを店主は思い出した。女神はドブヶ丘ハンターズに酒を奢るとの約束で助っ人として参戦し、悪球至急含めやたらめったら打ちまくっているとの噂だ。

「そう、酷くない? いつもは女神様女神様ってちやほやしてるくせに」「でも、最近女神さん打っててないじゃないですか」

軽い口調で店主が言い返すと、女神はぐっと言葉に詰まった。ぐいと酒をあおる。その様子にやけに深刻なものを感じた店主は慰めることにした。

「まあ、調子出ないことはありますよね」

「そう! たまたま! 今は! 少しだけ! 調子が悪いだけだから! すぐ前みたいに打つようになるから」

だったら酒を控えたほうがいいんじゃないかと思いつつも、口には出さない程度のやさしさは店主も身につけていた。

「てか、なに? 試合見に来たの? 珍しい」

「ああ、いや。それで」

店主がカウンターの上の棚を指す。そこには見慣れない機械が置かれていた。いくつかつまみが付いた朽ちかけた茶色の木箱で、数本のケーブルがまとわりついている。

「なに、あれ?」

「ラジオですよ。ラジオ」

「へえ、買ったんだ」

「いや、なんか客が置いていって」

「気前がいいな。ここの客にしては」

感心したように女神が言う。

「拾い物ものらしいですけどね。なんか聞きたいって」

「ラジオを?」

「そう、あれですよ。流行ってるじゃないですか、最近。なんて言ったかな、お馬が…ぱかぱか、じゃなくて」

「ああ、御馬ヶ時お宮?」

「ああ、それです。それです。」

御馬ヶ時お宮はここのところドブヶ丘で人気が出ているアイドル歌手だ。根強い人気があるらしく、最近ではラジオの音を聞いて店を覗いてくる客もいるほどだ。この町ではラジオやテレビは一家に一台というほどには普及していない。

「嫌いなんですか?」

女神が苦い顔をして、グラスを持ち上げるのを見て、店主は尋ねた。

「いや、多分あいつのせいなんだよ」

「何がです?」

「調子悪いの」

「はい?」

女神の調子と御馬ヶ時お宮の人気の関連性が見いだせず、店主は怪訝な顔をした。風が吹けば桶屋が儲かるのような仕組みだろうか? バタフライエフェクトにもほどがある。

「いや、わたしって女神じゃん」

「はあ」

「信仰心ないと調子でないんだわ。で、御馬ヶ時お宮に人気集まると、そっちに信仰心とられちゃってさ」

店主にはそれはありふれた被害妄想でしかないように思えるが、女神は自分の言葉を信じ込んでいる様子だ。なるほどと、店主は内心で考える。信じることの力の強さは、よく知っている。女神がそう考えるのなら、そのようなことが起きたとしても不思議なことではない。とくにこの町においては。

店主は空になったグラスに哀れみとともに酒を注ぐ。

「あ、ありがと」

「まあ、いろいろありますよね。女神さんも女神なんですもんね」

女神は店主の言葉にこもる哀れみを知ってか知らずか、不味そうに酒を口に運ぶ。

「いや、でも本当なんだよ。最近ちょっと神力弱くなってきててさ、奇蹟もあんま起こせないし」

「それ、魔法少女たち大丈夫なんですか?」

「ああ、そういやどうなんだろ」

女神は少し考えて

「まあ、大丈夫大丈夫、ゆうて中坊だし。魔法ないと死ぬようなとこには行かんでしょ」

と投げやりに言う。

「それは大丈夫って言わないと思いますけど」

先日、この店に殴りこんできた魔法少女二人の顔を思い浮かべる。どちらも平気で虎の尾を踏み抜きに行くタイプだ。二人にツケている代金の額を計算していると店主の頭にふと疑問が浮かんだ。

「それじゃあ、私今なら死ねるんですかね?」

店主はかつて魔法少女キュアアンディフィートとして邪神の復活を阻み、町を救ったことがあった。その際に、とある事情で彼女は不死を手に入れたのだった。それは呪いだったのか祝福だったのか。どちらにせよ、彼女は自分の運命を受け入れていた。

少なくとも今までは。

「死にたいの?」

何げなく漏らした疑問に、女神が聞き返す。店主は女神が自分をじっと見つめていることに気が付いた。その目の色は何の色だろう。哀れみか、後悔か、恐れか。

「いや、どうなんでしょ。まあ、興味ですよ? ただの」

少し硬くなった空気を弾くように、店主はわざと軽い調子を作る。

「どうなんだろうね。私の力だけじゃないから……」

「ま、そうですよね」

女神が何かを言いよどみ、店内に沈黙が流れる。こんな時にラジオをつけていれば、間が持つのだろうかと店主は思った。

「まあ、試すわけにもいかないですしね」

「……そうね」

微笑みながら、冗談めかして店主が言うと、女神はやっと少し安心したように返した。

「死なないなんて、わりと珍しいですからね。せっかくなんで大事にさせてもらいますよ」

「ん」

店主の言葉は本心だったのか、韜晦だったのか。女神はとりあえず、前者として受け取ることにしたようで、笑ってグラスを口に運び、それが空になっているのに気が付いた。

「おかわりします?」

「あー、どうしようかな」

珍しく迷う女神に、店主はグラスをもう一つ出しながら誘う。

「もう一杯いくなら付き合いますけど」

「んーじゃあ、もう一杯」

店主は二つのグラスに酒を注ぐと、一つを持ち上げ、一つを女神に渡した。

女神はグラスを受け取ると、店主の持つグラスにそっと当てた。

カチンと小さな音が店内に響いた。

「なににですかね?」

「んー、長い人生に?」

ふふ、と笑って飲んだ酒は、客の来ない店で一人飲む酒よりはマシな味に思えた。

【続く】

書いた。そういえば、今回魔法少女出てこないな。特撮に怪獣が出てこない回があるのだから魔法少女物で魔法少女が出てこないこともあるでしょう。

そろそろ月末が近いですね。逆噴射小説大賞に出すのブラッシュアップしないとなー。とか思ってタグを探ってみたら、なかなか自信がなくなってきたよ。もともとあるわけでもないけど。ナイトスネイルが審査会に出場するって聞いた時のミコチみたいな顔になってる。

まあ、それこそ素人玄人ごちゃまぜのコンテストだから気負わずいきゃいいんだろうけど。

むーん

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