見出し画像

電波鉄道の夜 45

【承前】

「来なよ」
 お姉さんは伸びをしながら立ち上がり、通路を歩き出す。あまりにも堂々とした無頓着な背中に、僕と女の子は顔を見合わせる。
「ホームにね」
 出し抜けに、振り向きもせずお姉さんが言う。
「あるんだよ、美味しいクラブサンド出すお店が」

 夜の川の空気はじっとりと湿っていて、けれどもあの町のような嫌な臭いはしない。清々しい空気を吸い込んで、腰を伸ばす。
 おねえさんはすたすたと軽い足取りで迷うことなく歩いていく。その行く先に目を向ける。遠く、ホームの端、暗闇に飲まれるようにぽつんと小さな売店があった。
「あれですか?」
 お姉さんが顔だけ振り向き、にっこりと口角を上げて頷く。
「そうそう、あのお店。この前この辺に来た時にたまたま寄ってね、すごく美味しかったから覚えてたんだ。ちょうどよく起きれてよかったよ」
 お姉さんの歩調はとても速くて、僕と女の子は少し速足で追いかける。少し先の暗闇で赤い髪飾りがひょこひょこと揺れる。お姉さんは背が高くて大人っぽいのに、可愛いリボンがとても似合って見えた。
 モネ、なのだろうか?
 僕の頭の中にいたモネは、こんなに大人ではなかった気がする。けれども、人間は成長するものだから、とも思う。
 モネは人間なのだろうか?
 電波の中の女の子。頭の中で結ばれる像にだけいる女の子。そんなモネが成長することがあるのか、疑問に思う。成長しないでいてほしい、とも思う。ずっと、そのままで。
 頭の中でモネが笑った。
「いいよ、私は、ずっとこのままで、ここにいてあげる」
 頭の中で僕は答える。
「本当に?」
「本当だよ、私はそのためにここにいるんだから」
 頭の中にしみいる柔らかい声。僕はしばらく考えてから口を開いた。

「やってる?」
 お姉さんが暖簾をくぐる。気がつくと、ホームの端、売店の前に辿り着いていた。
「なんにします?」
 カウンターの向こうで目の飛び出た扁平な顔をした店主がこちらに向き直った。

【続く】

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?