手口兄妹の冒険 vol.10
【前】
「なんだ、てめえは? 怪我したくなきゃ引っ込んどけ!」
男たちのうちの一人、とりわけ人相の悪い男がウリダを怒鳴りつけた。それを手で緩く制しながらリーダーはウリダに向き直る。
「あー、店長さん。面倒をかけるつもりはないんですがね。おれらはちょっとこいつに用がありましてね」
「だったら外でやってくれって言ってるんだよ。タマガサさん」
男のまぶたが小さく揺れる。
「クニハラの旦那にはお世話になってるからね。家族さんの顔と名前くらいは知ってるよ」
「そうか」
リーダー、タマガサはウリダの顔を少し眺めてから、右手を肩の高さに上げ、軽く振った。周りの男たちは何も言わず懐から手を出す。その手にはなにも握られていない。ただ一人、先程ウリダを怒鳴りつけた男だけは懐に手を入れたままだ。
「ノグラ」
タマガサが低い声で名を呼ぶ。ノグラはしぶしぶと懐から手を出す。ウリダを睨みつけて舌打ちを一つ。タマガサに睨まれて目を逸らす。
「あー、ビールを人数分」
ウリダに注文をしながらタマガサは文則の隣の席に腰を下ろした。
「お前らも座れ」
手振りも加えて指示するタマガサをウリダは意外そうな顔で見た。
「別に戦争しに来たわけじゃない」
全員に言い聞かせるようにタマガサは言う。
「その一杯分は俺が出す」
「そりゃどうも」
炭酸水の入ったグラスを指差すタマガサに、文則は片眉をひょいと上げてみせた。
見せ内には沈黙が訪れた。
ウチダが淡々とした手付きでグラスを用意する音だけが響く。
文則が一口右手の口で炭酸水をすすった。男たちは身じろぎもせず、いつでも懐に手を入れられるように構えている。ただ一人リーダーのタマガサだけが緊張を解き、文則を見つめる。
「おまちどうさん」
店主がテーブルに大量のグラスを運んでくる。
「ああ、どうも」
タマガサがウチダに会釈する。ノグラが立ち上がりグラスを受け取るとタマガサから順番にグラスを渡していく。
「新たな交友に」
全員にグラスが行き渡ったところで、タマガサは自分のグラスを掲げた。他の男たちも続く。
「あー」
男たちがグラスを持ち上げた姿勢のまま自分を見つめているのに気がついて、文則は曖昧な声を漏らした。少し考えて炭酸水を掲げる。
「乾杯」
ほんの僅かに口角を上げてタマガサが言う。カチンカチンとグラスが打ち鳴らされた。
文則は一口炭酸水をなめてから、気がついたように言った。
「あんたらは生身なんだな」
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