出口兄妹の冒険 Vol.9
男たちは一言も発することなく、文則を取り囲んだ。
「それで、お兄さんたちは誰さんたちだい?」
右手の口が蠢き、言葉を発した。
男たちは文則を取り囲んだまま答えない。左の手の平がため息をつく。手のぎりぎり届かない距離。文則の間合いの外。文則のことを知っているのだろうか。
「先週の第三管区の廃倉庫」
包囲の外から声がした。囲みが少しだけ割れ、一人の男が姿を現した。鋭い眼光をした、やや小柄な男だった。文則は舌の先に、男が全身から放つ痺れるような殺気を感じた。
「覚えはないか?」
「さあ?」
わざとらしく首を傾げて、文則は答えた。男は表情を動かさずに言葉を続けた。
「先週、そこでうちのオヤジがドブンブレラとちょっとした契約をした、らしい」
「らしい?」
歯切れの悪い言葉に文則はちらりと男の顔を見上げた。氷のように冷たい顔が見下ろしている。
「オヤジは何も話してくれなくてな。それに」
文則を見つめる男の目にギラリと殺意の熱が増した。
「オヤジと一緒に出掛けた、アニキたちが返ってこないんだ」
「へえ」
文則は表情を出さずに短く返す。男はじっと文則を見つめる。
「ちょうどドブンブレラを探ってるやつがいるって聞いてよ。ちょっと話を聞きに来たんだ」
「オヤジさんが話さないってことは、話せないってことなんじゃないのか?」
「言われる前に親の悩みを解決するのが子の役目ってもんなんだよ」
「そんなもんかね」
「それで」
トン、と机に手をついて男が尋ねる。
「なんか知ってるのか?」
「なにも知らないね。残念ながら」
「そうか」
男が右手上げる。文則を囲む男たちが一斉に懐に手を入れる。
「丁寧に聞いている間に答えてほしかったんだが」
文則は目だけであたりを見回す。今度は心の中で舌打ちをする。包囲は統率の取れた配置がされている。切り崩す隙は見当たらない。
ジョッキを舐める。もうすっかりぬるくなって気の抜けた炭酸水。微かにはじける気泡を舌の先に感じる。軽く足に体重を移す。狙うならばこの場のリーダーだろう。
酒場に漂う殺気が渦巻くように濃くなる。
ドン、と机にジョッキが置かれた。炭酸水のなみなみと入ったジョッキだ。
ジョッキを置いた手の主に視線が集まる。
「ここは酒場だ」
視線の先には酒場の店主ウリダが立っていた。
「いるならなんかを注文しな。厄介ごとを起こすなら……」
ウリダは文則と男たちをギロリとにらみつけてから言った。
「店の外でお願いするよ」
【つづく】
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