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電波鉄道の夜 102

【承前】

 ノックの音は小屋の中に重く響き渡った。
 女性の方に目をやる。深く疲れきった顔が見えた。ため息をついてから、よろよろと立ち上がった。
「客の多い夜だな」
 力ない独り言をこぼして、女性はおぼつかない足取りで扉へと向かう。僕はその背に向かって声をかける。
「開けるのですか?」
「あたりまえだろう」
 やけに小さく見える背中から、意外なほどにきっぱりとした声が返ってきた。
「ここはあたしたちの小屋なんだから。来た人は迎えるさ」
「さっきのやつかもしれませんよ」
 襲撃者がさほど間をおかず、同じ手口でやってくる可能性は高くはないけれども、全くないというわけではない。少なくとも死体がなかったのは事実なのだ。警戒なしに扉を開けるのはあまりにも考えなしに思えた。
「それならまたぶちのめすまでさ」
 女性はどこからともなくクナイを取り出すと、くるりと手の内で回した。小さく鼻をふんと鳴らす。「それに」と小さく呟く。
「今度こそお姉さんかもしれない」
 その言葉は僕にというよりも、自分自身に言い聞かせるような言葉だった。本当は思ってもいないことを思っていると思おうとするような、そんな言葉。
 それは何処かで聞いたことがある気がする調子だった。いつか自分自身の口から出て、自分自身の耳が聞いた声、それがちょうどこのような調子だったのを思い出す。
「本当に?」
「何がだよ」
 思わずこぼれた疑問に女性は不満げに答えた。
「本当にお姉さんだと思っているのですか?」
「……当たり前だろ」
 答えには少し間があった。一度躊躇ってから、それを打ち消すような間だった。
「本当にお姉さんが帰ってくると思っているんですか?」
「思ってるよ」
 女性は振り返り僕をじろりと睨んだ。
「なんだよ。なにを知ってるっていうんだよ」
「知りませんよ。ただ」
 躊躇って、それでも口を開く。いたましい義務感にかられながら。
「本当は帰ってくるなんて思ってないんじゃないですか?」

【続く】

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