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電波鉄道の夜 10

【承前】

 布の中で息をひそめる。扉越しに足音が聞こえてくる。時折立ち止まっている。殴打音、何かを締め付ける音。そしてまた足音が始まる。ずるずる、と引きずる音は前に聞いたときよりも重たく、数が増えているように聞こえる。
 ゆっくりとしかし確実な歩調で足音は近づいてくる。高鳴る心音が聞かれるんじゃないかと思って、瓶を握っていない方の手で心臓を抑える。
 大丈夫、いつもやっていたことをやるだけ。
 足音がいよいよ扉の前までやってくる。瓶を握りなおす。冷たかった瓶は僕の体温が移って少し暖かい。
 がらり、と扉が開く。布を被ったままの黒い視界の中、気配を伺う。 
「じょっさけんぉはうぃっけんいたしゃす」
 扉のところで立ち止まり、祝詞を唱えるのが聞こえる。しばらくしてまた歩き始める。明かりはつけていない。
 歩みに迷いがあるようには聞こえない。考えてみれば、車掌さんもこの車両のお客さんたちがみんなこの時間に隣の購買車に行っていることは知っているはずなのだ。だから誰もいない、と考えていたとしても不思議ではない。
 足音が隣の車両より速いように聞こえるのはきっとそのせいだろう。
 ならば、と一層息を潜め、身じろぎの一つもしないようにする。人ではなくて荷物であると思ってくれればもっと良いのだけれども。
 足音が止まる。近い。どきりとする。僕がここにいるのがバレたのだろうか? 自分は荷物、自分は荷物、祈るように自分に言い聞かせる。
 踏み出す音。遠ざかる方向。通路の反対側へ。少し胸をなでおろす。
「じょっさけんふぁいけん」
 音を立てないように立ち上がる。布を踏み、足音を消して近づく。薄闇の中、車掌さんが布を捲っているのが見える。寝てる人の形をした荷物。仕掛けをしておいてよかった。
「なんだ、ただの荷物か」
 車掌さんが呟く。僕はその背後に立つ。車掌さんは無防備に立ち上がる。
 その後頭部に狙いを定めて僕は瓶を振り下ろした。
 

【続く】


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