【映画感想】「エンバー」を見た。
最近のメソッドで作られたっぽい感じの映画が見たくて、『エンバー』を見た。なんというか、いい感じの映画だった。こういうの見たくなる時ってある。
上手いな、と思ったのは特に前半の主人公の動機づけの部分と伏線の張り方だ。
動機づけは「この街の機能が崩壊しかかっていることへの危機感」だ。とくに主人公はそれを強く感じている。その理由付けとしては父親の言葉といことなのだろう。
実は観客は物語が始まる前の説明で「この街の機能がもう保証期間切れ」だということを知っている。なので、街の状況がかなり悪いということを頭に置いたまま見ることになる。
冒頭の説明はもう一つ役割があって、「『箱』がとても重要なものだけれども、今は失われている」ということを観客に明かしてもいる。
なので、いささか退屈になりかねない導入の部分で、観客は「この街は大丈夫なのだろうか?」というスリル(それは停電が起きるたびに大きくなっていく)と「あの箱はいったい何で、どのように登場するのだろう」という疑問の二つの軸で物語に引き付けられることになる。
その他にもかなり短いスパンで「観客の知らない情報」→「その情報の開示」を行っていくので観客は退屈せずに映画を見続けることができる。
という前半の導入から打って変わって、後半はかなりサクサクと話が進んでいく。結局あの箱は何だったんだろうね? 外に出る手段なのかな? その割にはなんであんなアトラクションを?
印象としては目的と妨害がかみ合っていないように思えた。目的は「この街の機能を修理する」がいつの間にか「この街から脱出する」になっている。まあ、(ちょっとセリフでの説明がほしいけど)それはいいのだけれども。それに対する障害があまりないんだよね。
箱を手に入れたらそのままほとんど一直線に街の外へとでることになる。
市長が妨害してくるんだけど、それは別に目的に対する妨害になってないんだよね。うーん、なんだろう。あくまでそれは市長の私利私欲を満たすために主人公たちを捕えようとするだけで、主人公の目的を妨害する意図はない、というのかな。
結局市長も主人公たちとは全く関係のないところで命を落とすしね。
あと前半で主人公のフラストレーションになっていた「職業決めの儀」とか「過剰な縦割り」とかがあんまりストーリーに絡んでこなかったなとは思った。一応長い間引きこもっていたから当初の理念から何らかが歪になっていったんだろうなというのは推察できるけれども……。
妨害はちゃんとわかりやすい形で目的に対する障害にした方がよいのかな、というのと、謎の提示とその説明をテンポよくやることの大切さを学べる映画でした。
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