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電波鉄道の夜 42 

【承前】

 窓を開けて覗き込む。星の欠片は見えるだろうか? 黒い川面の上、白い泡がキラキラと駅の灯りを受けきらめいている。
 川の音を聞いていると吸い込まれそうな気持ちになる。身震いをして顔を引っ込める。まだ、もう少し電車に座っていたいと思う。
 顔を戻す視界の端、川の中に赤いものが流れていくのが見えた。燃える赤。
「え」
 窓から体を乗り出し川を覗き込む。気のせいだったのだろうか? 目を凝らしても何も見えない。
「モネ?」
「どうしました?」
 女の子が怪訝な顔をして尋ねてくる。
「今の見た?」
「何をですか?」
 女の子は首を傾げる。僕は椅子に座り直して首をふる。
「ううん、なんでもない。多分ただの気のせいだ」
「そうですか」
 女の子は不思議そうな顔で僕の顔を見ている。目を逸らす。頭を振って、目に焼き付いた赤を追い払おうとする。
「そうだ、そのお姉さんは」
 なにかしゃべろうと頭をひねり、出てきた言葉がそれだった。なんとか、言葉を続ける。
「どんな人だったの? その、助けてくれたっていうのは」
「どんなって」
「もしかしたら、そのお姉さん、知っている女の子かもしれなくて」
「本当ですか?」
 飛びつくように、女の子が顔を上げる。ぎっと僕の顔を目でつかむ。
「赤い髪飾りをしていたのでしょう? それは燃えるような赤色のリボンではなかったかい?」
 女の子は眉を寄せて考え込む。
「それで、歌。歌も素敵な歌だったんでしょう。それが、どんな歌を歌っていたとか、覚えていたら歌ってくれないかい?」
「ごめんなさい。生き延びるのに必死であんまりよく覚えていないのです」
 申し訳なさそうに女の子が首を振った。しまった、と思う。委縮させてしまっただろうか。
「ああ、こちらこそ、ごめん」
「いいえ」
 沈黙。
「それじゃあ、お兄さんの知ってる女の人は、どんな人だったの?」
 女の子が気まずさを打ち破るように尋ねた。
「ええっと、そうだね」
 少し考えて口を開く。

【つづく】



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