電波鉄道の夜 122
【承前】
するり、と音もなく。布飾りが解かれる。
眼前からモネが消える。
「なんで?」
口から問いが漏れて出る。女性は静かに首を振る。
「ちがうよ。それは」
「なにがですか?」
苛立ちと焦りが胸に立ち込める。せっかく見つけたのに。どうしてまた失わないといけないのだろう。僕の大切。
「あたしはモネじゃない」
女性は立ち上がる。電車の揺れに揺れながら、僕の方に手を伸ばす。きしりと柔らかな音を立てて、僕の顔の横のクッションがへこむ。
「それでもいいと思ったよ。お前が本当にそれを望んで、あたしで良いと言ってくれるなら。あたしは別にモネになってやっても良かったんだ」
「でも、君はモネでしょう」
わからない女性の言葉に、僕は言葉を繰り返す。女性はもう一度首を振った。
「違うよ。私はモネじゃない」
繰り返してから、女性は言葉を続ける。
「それじゃあだめなんだよ。そうだろ?」
女性の声は聞こえる。けれどもその意味はわからない。祝詞よりも呪いよりももっとわからない言葉。僕は首を振る。
「お前はお前が本当に求めるものを見つけないと嘘なんだよ。それは出来合いのものなんかじゃないんだろ。お前が求めていた大切はそんなもんじゃないんだろ。それでいいなんて言うなよ。もしもそんなことを言うなら……」
女性は言葉を切って僕の目をじっと覗き込んだ。
「そんなことを言うなら、あいつらと同じだぜ」
「あいつら?」
「ああ、あのぎらぎらと黄色に輝く目のあいつら。見たいものだけを見て聞きたいものだけを聞く、あいつら。お前はそうじゃないだろう?」
女性の目に映る僕の目は黄色くない。
少なくとも今は。
「でも」
「それでもお前がモネでいてほしいって言うなら、それは」
女性が手をかざす。両手に渡した赤い布で僕の目を覆う。
視界が赤く染まる。血と埃のごわごわした黒ずみ。
赤い視界の中で女性の声が聞こえる。
「それは良くないよ」
きゅっ、と頭の後ろで布が結ばれた。
【続く】
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