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電波鉄道の夜 118

【承前】

「さっきの箱にくっついていたぜ」
「ありがとう、ございます」
 礼を言って布を受け取る。血と埃のゴワゴワとした手触り。受け取ったのは夢だとばかり思っていた。
「それは渡さないでおいたよ」
「なくしたと思っていました」
 手の中で布を撫でる。空の客席、ステージ。若い男。託されたもの。
「大切なものなんだろ」
「ええ、救急箱みたいなものです」
「そうか」
 目を細めて女性が布飾りを見つめる。遠くの火に揺らめく顔はとても羨ましそうな表情に見えた。探しもののよすがをなくした悲しさ。手の上の赤を見る。寄る辺なき夜に灯る赤。
 たずねてみる。
「着けてみますか?」
「は?」
 あっけにとられた声が返ってくる。
「もし気になるのなら」
「別に、そういうわけじゃない」
 言いながらも、女性は赤い布から目を離さない。結び付けられたようにじっと見つめている。ごくりとつばを呑む音が聞こえた。
「どうぞ」
 もう一度声をかける。女性の手が伸びる。止まる。
「いや、あたしには似合わねえよ」
「いいじゃないですか。別に誰が見るというわけでもないんです」
 布を差し出す。おずおずと女性が布に手をかける。躊躇いがちに握りしめ、両手でそっと広げる。暗闇に赤が広がる。揺らめく炎、暖炉の火のように。
「どうするんだよ、これ」
「どうにでも」
「どうにでもって言ったって」
 女性の眉間に皺が寄っている。少し考えてつけ加える。
「前に持っていた人は腕に巻いていましたよ」
「腕かあ」
 女性は布を軽く腕に巻いて首を傾げる。
「あとは……」
 記憶を探る。燃え尽きた記憶を。赤い布。揺れる赤。炎のように揺れる。ちかちかと記憶が揺れる。赤が揺れる。誰かの頭の上で。
「頭に飾ったりだとか」
 リボンかそれともカチューシャか。曖昧な形。
「ああ、そう言えばお姉さんもそんなのをしていたっけ」
 思い出しながら手探りで女性は髪に布を巻いて結ぶ。
「どうかな」
 女性の頭の上で燃える赤がふわりと揺れた。

【続く】

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