Vol.12 アンディフィートの崩壊
黒い奔流が暴力となって店内を暴れまわった。
食器を机を客を酒をすべて薙ぎ払い、吹き荒れる。つるぎこはとっさにカウンターに潜り込む。頭の上で大規模な破壊の音が響き渡る
「なんだなんだなんだ」
「悪の波動を感じるゴロ」
叫ぶつるぎこにダイゴロウが答える。
「悪の波動?」
「邪悪な気配ゴロ。ダイゴロウがいない間に何が起こったゴロ?」
わめくダイゴロウを無視して慎重にカウンターから店内を覗く。
店内のあらゆるものが破壊されつくしていた。食器や机や客だったもの破片が辺り一面に散らばっている。
奔流の中心に人影が一つ
見える。
「あれは……」
「御馬ヶ時お宮ァ……」
よろよろと流れに逆らい、もう一つ人影が立ち上がった。白いワンピースは所々破れ、仮面はどこかに吹き飛んでいる。しかし、力強く相手に向かい合う。ドブヶ丘の女神だ。
「いや、違うな……お前は……そうか」
「てめえの目はごまかせないか」
「アイドルはそんな邪悪な顔をしねえ」
「こいつのおかげで十分な信心が溜まったからな。意識が近くなったんで、顕現してみたんだよ」
御馬ヶ時お宮の顔をしたその存在は、女神の言葉を聞いてははっと笑った。
「意識が近く?」
「そうか」
思わず漏らした疑問に、応える声があった。見ると店主がつるぎこの隣で、対峙する二柱を見ていた。
「さっきの飲み比べか」
「どういうことです?」
「酩酊は精神が神に近づくこと、そうでなくとも酒は神を呼びやすい。あれだけの信仰心を集めて酒を飲めば、それはもう神降ろしの儀式だ」
「それじゃあ、あれは本当に?」
「ああ、おそらくは……ドブヶ丘明神」
二人の視線の先で二柱の神の話は続く。
「それで、現世には観光にでも?」
「まさか、戦闘のためさ」
ニヤリと笑って御馬ヶ時お宮、いやドブヶ丘明神が答える。女神はため息をついて答える。
「だろうね」
言葉の終わらないうちに女神が動いた。完全なノーモーションでの目にもとまらぬ連撃。つるぎこの目はかろうじて正中線に五発、打撃が打ち込まれたのを捉えた。
「ぐあ!」
しかし、血を吐いたのは女神の方だった。腹部に大きな黒の拳の痕が残っている。
「こいつの人気がそのまま俺への信仰心になってるんだ、くだらねぇ球遊びの連中ぐらいにしか知られてないお前がかなうわけねえだろ。てめえを殺したところで信仰心の足しにもなんねえだろうが、消せるなら消しとくさ」
床に伏して悶える女神を見下ろして、ドブヶ丘明神は考えながら言う。
「完全に同意だよ」
「あ?」
不審な声に振り向いたドブヶ丘明神の頬を黒い巨大な平手が吹き飛ばした。
「なんだ、てめえは」
120°首を傾けた状態でドブヶ丘明神は襲撃者をにらみつける。
「ごめんなさいドブヶ丘明神さま、狙いがそれちゃって」
襲撃者は腕を元の大きさに戻しながら言った。ドブヶ丘明神の首がゆっくりと正位置に戻る。
「ああ、あのくたばりぞこないか」
「せっかくの信者にそんな言い方を」
「生け贄の一つもよこさねえ奴は信者でもなんでもないさ」
「そんな謙遜をして」
キュアドレインは言いながら四方八方の影から黒粘液をドブヶ丘明神に打ち付ける。ドブヶ丘明神はそれらをことごとく最小限の動きで払い落とす。
「うぜえぞ」
言うとドブヶ丘明神は飛んできた黒粘液を受け止めるて、軽く引っ張った。
ぞろり、と黒粘液キュアドレインから抜き取られた。
「え」
キュアドレインが驚愕の声を上げた。
キュアドレインは虚無を残して消滅していた。
「返してもらおう。ついでに」
ドブヶ丘明神が軽く息を吸い込む。
「まずい」
かつての経験からだろうか、店長は誰よりも早く動いた。カウンターから飛び出す。
「 」
ドブヶ丘明神が口を開く。再び奔流が吹き荒れる。つるぎこは理解する。それが先ほどの店内に吹き荒れた暴力だということを。そして、その正体が歌声であることを。
邪神の力を得たアイドルの歌声は捻じるような落ちるような存在を搔き乱す質量を持ったような声で、触れるものを破壊する力に満ちていた。
どうして今度はそれがわかるのだろうと不思議に思う。
数瞬の後にわかった。今の歌は予兆に過ぎなかったからだと。
明神は粘液の残滓に引かれ体勢を崩したキュアドレインに焦点を合わせ、歌った。
破壊の波が同心円状に広がった。一拍置いて、瓦礫が巻き上がる。
崩壊がひと段落して生存者たちが姿を現した。
堂々と立つドブヶ丘大明神。防御態勢をとる女神。カウンターから顔を覗かせるつるぎこ。
そして呆然と立ちすくむキュアドレイン。彼女の前には店長が立ちふさがっていた。
「マスター……」
「常連がいなくなると辛いからさ」
その背中はぐじゃぐじゃに崩れている。
「そんな顔しないでよ」
「でも……」
「てめぇ、ぶち殺してやる!」
激昂し飛びかかったのは女神だった。猛烈な勢いでドブヶ丘明神に肉薄する。左フック、右ストレート、タックルのフェイントを入れてからのハイキック。怒りによって女神の技のキレはさらに増している。
しかし、それらの技をドブヶ丘大明神は軽々と躱していく。
「そいつが勝手に飛び込んできただけだぜ」
「黙りやがれ! ディーちゃんはもう戦う必要なんてなかったんだ。その役目はとっくに終わってんだ! それを、それを!」
スイッチして右のジャブ、回り込んでのラビットパンチ。あっさりと見切られて前に倒れて避けられる。
「戦う役目……」
カウンターに隠れながらつるぎこが呟いた。それを聞いてダイゴロウが囁く。
「さっきの子、昔魔法少女だったゴロね」
「そうなの?」
「嗅いだことのある匂いだったゴロ。でも、今は違うみたいゴロ」
「そうだったんだ」
「つるぎこはいかないゴロか?」
「私は……」
つるぎこは口ごもる。本当は知っている。こんなふうにカウンターの影に縮こまっていてはいけないのだ。それは魔法少女のやることではない。
けれども。
「でも、私、魔法なんて使えない。あんなのに敵いっこないよ」
「戦うかどうかは魔法を使えるかどうかで決めることゴロ?」
「え」
「何かのために戦う意思を持っているかじゃないかゴロ。つるぎこはどうゴロ?」
無意識につるぎこはポケットを探る。そこには野球のボールの感触。自分が魔法少女になった日のことを思い出す。あの時の感情。ボールを握り締める。立ち上がる。
「決めたゴロ?」
「……うん」
「大丈夫ゴロね?」
「大丈夫だとか大丈夫じゃないとかじゃない。行くの」
ダイゴロウに向けて言う。宣言するように、断固として。
「私は魔法少女だもの。魔法少女キュアストライク」
【続く】
書いた。終わるかと思ったら終わらなかったので続く。
その方がよい気がした。
以下ちょっとだけ色々
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