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電波鉄道の夜 97

【承前】

 僕が小屋に入ると、女性は扉を閉めた。慎重に閂をかける。ため息をつくと椅子に腰を下ろした。
「まあ、座んなよ」
 空いた椅子を勧めてくる。僕は小さくお礼を言って椅子に座った。
「ありがとうございます。なにからなにまで」
「こっちこそありがとよ」
 女性は暖炉を見つめながら言う。なんのことだろう。首を傾げる。
「さっきのやつ、あんたがいなけりゃ危なかったからさ」
「いえ」
 そもそもは僕が連れてきたものかもしれない。浮かんだ言葉は続けず飲み込む。
「なんだったんだろうな、さっきの」
「さあ」
 首を振って見せる。
「知ってるって言ってなかったか?」
「ですから、顔を見たことがある、くらいですよ」
「じゃあ、それでもいいよ。どんなやつだったんだ? あいつは」
 言いながら女性は扉に目を向ける。見ているのはきっとその向こう。まだ横たわったままでいるはずの男。今はどんな色の目をしているんだろう。
「わかりません。僕が見たときには……その、意識がなかったみたいだったので」
「そうかい」
 追求はなかった。女性はそれきり興味をなくしたように黙り込み、暖炉の火を見つめる。暖かな赤い炎。あのぞっとするような黄色とは全然違う。
「火にあたっていたのです」
 だからだろうか。口を開いてしまう。言わなくていい余計なことと思いながら。女性がちらりと横目を向けてくる。
「あんたがかい?」
「いえ、最初にいたのはさっきの男でした。夜の闇の中、見えた光に寄っていくとさっきの男たちが火を焚いていたのです」
「たち?」
 女性が片眉を上げた。
「ええ、今倒れている男と、最初に来た方の男の二人が」
「やっぱり二人いたのか」
「そうですね。でも、あっちの男の方は」
 扉を指さして続ける。
「生きては、いないようだったのです」 
 ふうん、と女性が鼻を鳴らした。
「その割にはぴんぴんとしているようだったけれどもね」
「ええ、もしかしたらよく似た別の人だったのかもしれません」

【続く】

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