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電波鉄道の夜 50

【承前】

「空いている席は他にだってあるでしょう」
 お姉さんはしかめっ面で車内を見渡した。いくつかの席はぼんやりとした影のようなお客さんたちが座っているけれども、その合間合間にはなにも座っていない席が確かにあった。
「旅は道連れ世は情け、袖振り合うも多生の縁、こうして偶々とはいえ声を交わしたんだ、できることならこの長い電車旅、誰かと一緒に過ごせたら多少は退屈も紛れるかと思うのだけれども、どうだろうか?」
「いや、普通に嫌ですけれど」
 男の人の流れるような長口上。お姉さんの返答は短い。お姉さんが男の人を見る目つきは、鋭くて睨みつけような目つきだった。そっと女の子を自分の後ろに隠す。女の子は戸惑った顔で男の人とお姉さんを交互に眺める。
「怪しいもんじゃないぜ」
「怪しい人はみんなそう言います」
「そんなに怪しいかい?」
 男の人は困った様にひょいと眉を上げてみせる。その笑顔は影のない太陽のような笑顔。
「怪しいですよ。怪しくない人は知らない人の席に座ろうしないもの」
「ふむ」
 男の人は腕を組み、顎を掻いた。
「それもそうか」
 あっさりと頷くと、荷物を拾い上げ肩にかける。ぎしりと背負い紐が音を立てた。
「それじゃあ、よそに座るよ。すまないね、変なことを言って」
 悲しそうな顔をして振り返り、空いている席を探して歩き始める。
「あの」
 声をかけたのは、女の子だった。お姉さんの後ろから恐る恐る様子をうかがいながら、男の人をじっと見つめている。
「うん?」
「もしよければ、私と一緒に座りませんか?」
「いいのかい?」
 男の人はにっこりと笑う。
「やめときなよ、お嬢ちゃん」
「でも、お姉さんのことも私よく知りませんよ」
「そりゃあ、そうかもしれないけどさ」
 お姉さんはじっと男の人を見る。沈黙。他のお客さんたちが言いあっている僕たちを見て囁き合っているのが聞こえてくる。お姉さんはため息をついた。
「わかったよ。それじゃあ、一緒に座ろう」

【続く】

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