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Vol.9 ドブヶ丘工業第二製作所跡地崩壊の顛末

ドブ川のほとりの廃工場に人相の悪い男たちが数名、辺りを見回しながら入っていった。その集団に混じって、帽子とサングラスで顔を隠した少女が工場に姿を消した。

「あれは怪しいね。誘拐か、売春か。何か犯罪の匂いがする」

対岸の河原で壁投げをしていた少女は、漂うドブ川の匂いの中に何かを嗅ぎつけたのか、振り向き、鋭い目線を送る。キュアストライクこと隕鉄つるぎこだ。

「追いかけよう」

つるぎこは虚空に話しかける。答えはない。相棒の不在を思い出し、苦い顔をした。彼女には相棒がいた。ダイゴロウ、彼女にしか見えない不思議の相棒。しかし、今ではなぜか彼女にさえダイゴロウの姿は見えず、声も聞こえなくなっていた。

最近、魔法少女の力が使えなくなったことと関係があるのかもしれない。「それでも」

つるぎこは声に出して言う。それは見えないダイゴロウに向けてか、自分自身に向けてなのか。

「行かなきゃ、私は魔法少女だもの」


さらに後方、黒い影がニヤリと笑った。

「なんか、おもしろそうなことになってるな」


工場の中は意外にも明るかった。天井が所々抜け、鈍い日の光が差し込んでいる。つるぎこは物音を立てないよう慎重に中を探った。かすかに話し声が聞こえる。足音に気をつけつつ、声の方向へ向かう。

「ですからね、売るなって言ってるんじゃないんですよ」

その声は少女のものだった。複数のならず者を相手に話すには、ずいぶんと余裕のある声に聞こえる。

「あなたたちが商売だってのもわかりますから」

「てめえ、なにさまのつもりだ」

その落ち着きはらった声に男たちのうちの一人が苛立った様子で怒鳴る。ボスではあるまい。

「そんなに怒鳴るこたぁないでしょう。こっちはあくまでお願いをしてるだけなんですから」

少女はあくまで落ち着きを崩さない。色めき立つ部下を押さえてリーダーと思しき男が鷹揚に尋ねる。

「お嬢ちゃん、俺らの商売を止めるってことは、それなりのもん出せるってことかい?」

「そんなにたいしたものは出せるわけじゃあないけれど」

少女が外套のポケットに手を入れる。取り巻きたちが身構える。

少女はポケットから何かを取り出し、机の上に置く。

「なんだ、これは?」

リーダーが訝しげに尋ねる。

「CDですよ。CD」

「てめえ、なめてんのか?」

「え、最近やっと知られてきてると思ったんだけどな」

言いながら少女はリーダーの顔を下から覗き込みサングラスと帽子を少しずらす。

「まさか、お前……いや、あなたは」

廃工場に光が走り、パシャリとシャッターの音が響いた。

「面白そうなことやってるじゃないか」

屋根の破れ目から一つの影が飛び降りてきた。

「誰だ!」

男たちが振り返る。影は一人の少女だった。黒ずくめの服の服に血色の悪い顔、右腕は輪郭が曖昧でやけに膨らんでいる。

「アイツ!」

物陰でつるぎこは叫びを抑える。天井の少女はいつもつるぎこの邪魔をする魔法少女、キュアドレインだった。

「今を時めくアイドル御馬ヶ時お宮と、薬物販売組織の黒い密会。こいつはドブヶ丘新報辺りに高く売れそうだ」

キュアドレインは使い捨てカメラを見せびらかしながらニヤリと笑った。

「俺らは別にかまわねえが」

男たちのリーダーが冷たい声で言う。

「私は少し困るかな」

少女、御馬ヶ時お宮はつぶやき、帽子とサングラスを外しリーダーと目を合わす。

「なんとかしてくれる?」

「何を言ってるんだ」

取り巻きが呆れた調子で言う。

「ぶち殺せ」

リーダーはお宮の顔を見つめたまま命令した。そのまま懐から銃を抜き放つとキュアドレインに向かって発砲する。

「お兄さんたちもお願い」

お宮は取り巻きたちにも言う。取り巻きたちは無言で銃を抜くとやはりキュアドレインに向かって打ち始めた。

「わーお、みんな元気だね」

右腕の粘液を膨らまして銃弾を受けとめながらキュアドレインが言う。

「なんだ?」

鳴り響く銃撃の音の中、つるぎこは何かが聞こえていることに気が付いた。

「歌?」

それは歌だった。見ると、男たちの後ろで御馬ヶ時お宮が歌を歌っている。小さな、しかし力強い歌声。男たちはその歌に勇気づけられるように、狂暴なほどの勢いでキュアドレインに銃撃を加える。

「はっははー、いいね、いいね!」

右腕で銃弾を弾き、いなし、躱す。キュアドレインもまた戦闘の高揚に身を任せている。気のせいだろうか、つるぎこにはその右腕が時折、異様に膨張し、曖昧な輪郭がさらに周囲に滲み出ているように見えた。

お宮がさらに大きな声で歌い始めた。今日も明日も懸命に生きようという歌詞の歌。聞くものすべてが勇気づけられる歌。つるぎこの胸にもなにか熱い気持ちがこみあげてくる。どうして、自分はキュアドレインを生かしたままにしているのだろう? 悪は滅ぼさなくては。

物陰から姿を現す。白球を握る。激しく動き回るキュアドレインを目で追う。当てられるだろうか? いや、当てればいいのだ。自分は魔法少女キュアストライクなのだから。

「そうでしょう。ダイゴロウ」

ダイゴロウは答えない。

「やあ、キュアストライクちゃん、あんたもいたんだ!」

つるぎこをみとめ、キュアドレインは上機嫌に叫ぶ。

「誰だか知らないけど、あなたも一緒にアイツを倒そう!」

お宮が歌にのせていざなう。心地よい高揚感に包まれる。そうだ、みんなと一緒にアイツを倒さなければ。白球を握る右手に力が宿る。最近しばらく忘れていた、魔力による腕力の増強の感覚。

「なんだ? これ?!」

同時に襲い掛かる圧倒的な嫌悪感。黒く邪悪な感覚が、つるぎこの身を焦がす。吐き気とめまい。倒れるのだけはなんとか踏みとどまる。

―違う。狙うべきはキュアドレインじゃない。

かすむ視界を叱咤して狙いを定める。こちらに目もくれず歌い続ける少女。萎えた腕の力を振り絞り、身に刻まれた動きで白球を投げつける。それはつるぎこ自身の力。狙いたがわず少女の後頭部を直撃する。腕力も載せられず、魔力のこもっていない白球は人を殺傷するには程遠い。しかし

「なに!?」

お宮の歌唱を一時中断させるには充分な威力だった。歌声が乱れ、統率に揺らぎができる。その隙を見逃さずキュアドレインはお宮に肉薄する。お宮はすぐにわれに返り、歌を再開する。男たちが両者の間に割って入ろうとする。遅い。キュアドレインは右腕を伸ばし、お宮に迫る。お宮は歌の対象をキュアドレインに絞り、声を張り上げる。

その歌キュアドレインは意に介さない。

右腕がお宮に到達する。その寸前、キュアドレインの右腕が爆発した。「な!?」

「なに!?」

キュアドレインとお宮が同時に声を上げ、目を見開く。右腕は突進の勢いを失わず、廃工場中に爆散する。四散した右腕は地に落ちず、跳ね返り、無差別に近くに居るものに襲いかかかる。驚愕する男たちはたちまち呑み込まれた。

「なんだ!?」

辛くも粘液を躱したつるぎこはキュアドレインを目で探す。四散し、暴れ狂う粘液の奔流の中心で、混乱したように立ち尽くしている。

「なんだ! これは! キュアドレイン!」

つるぎこの叫びは届かない。粘液はますます勢いを増し、廃工場の躯体を破壊し始めた。

「くそ!」

つるぎこはうずたかく積まれたガラクタの上によじ登ると、白球を一つ取り出した。狙いを定める。振りかぶり、投げつける。魔力のエンチャントされていない白球はたやすく粘液に阻まれる。

粘液の嵐は荒れ狂い、つるぎこの乗るガラクタを揺らす。残された時間はもう少ない。次の一球で仕留められなければ、粘液はたやすくつるぎこを呑み込んでしまうだろう。

「いいさ」

つるぎこは一瞬目をつむり、息を吸って、吐き、目を開く。口からはいつもの魔法の言葉がこぼれ出た。

「キュウカイウラツーアウトボールカウントハツーストライクワンボール」

投擲。

矢のような白球は黒粘液の間をすり抜け、うつむくキュアドレインの脳天を直撃した。

「やったか」

確かな手ごたえにつるぎこは小さなガッツポーズをとる。その瞬間黒粘液はさらに膨張し、廃工場の壁を叩き壊した。廃工場は一瞬で崩壊を始めた。激しい破壊音が鳴り響く。右も左もわからない轟音の中、つるぎこは自分の周りを黒い壁が覆っているような気がした。

とつるぎこは瓦礫の山の中にいるのに気が付いた。見回すとキュアドレインがたたずんでいる。

「きさま!」

瓦礫を乗り越え、キュアドレインに近づき、肩をつかむ。

「あんたか」

いやにぼんやりしているその様子に毒気を抜かれ、つるぎこは言葉を失う。

「どうした。さっきのは一体なんなんだ?」

「わからない。私は……」

言葉を途切れさせ、キュアドレインは目をつむり黙り込む。

「どうした?」

つるぎこがキュアドレインの顔をのぞきこむと、突然キュアドレインが目を見開いた。つるぎこがその目にみとめたのは焦燥だったのか恐怖だったのか。しかし、それは一瞬のうちに姿を消し、いつもの韜晦がとってかわった。

「いやあ、さすがだね。魔法少女ちゃん。まさか、まさか止められるとは」

はっはっは、とわざとらしい大笑い。ひとしきり笑ってからキュアドレインはつるぎこの目を見据えていった。

「まあ、またあんなになったら、止めてよ」

ドブヶ丘のドブ川を煮詰めたよう目に見つめられ、つるぎこは白球を強く握りしめる。唾をのんで言葉を放つ。

「次は息の根を止めてやるよ」

それを聞いてキュアドレインはニヤリと微笑んで、頼むよ、と言った。



書いた!

今月は逆噴射小説大賞があったりでいろいろ忙しかったですね。

結局四本くらい投稿できました。ドブキュアの話が終わったらそのうちのどれかで書こう。いいとこまでノミネートされると良いなー

以下にいろいろ



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