見出し画像

電波鉄道の夜 63

【承前】

「本当はモネなんていないんじゃないかい?」
 囁かれたのは焼けるような言葉。はねのけるように体を起こし男の人の口から遠ざかる。
「非実在のアイドルなんだろう? 電波が君の頭の中に像を結ぶ。君の頭だけに。他の人の頭の中にはいない。そうだろう」
「そんなことは」
 店長や板崎さんや、それにあの最初の十三人の馬賊だって
「ない? そうかい?」 
 反論が口から出るより先に、男の人は言葉を続ける。赤熱する言葉を。
「君でない人たちの頭に浮かんでいるのは本当に君と同じモネなのかい?」
「違ったらなんだって言うんですか? そんなことはどうでもいいことでしょう」
「ああ、そうだろうさ、どうでもいいさ。でもそれじゃあ、君、聞いておくけれど、君でない人たちの頭の中に本当にモネは像を結んでいるのかい? 確かめたことはあるのかい?」
 男の人の言葉は熱を持ち、その言葉を聞いた僕の頭の温度は上がっていく。燃えるように、燃え盛るように、思考に火が点いたように。頭が熱く燃えていく。
「本当は誰も見ていない姿を君だけが見て、聞いていない言葉を君だけが聞いて、そんなものはね、君」
 男の人が決定的に口を開く。思考を焼く言葉。聞きたくない。耳にまぶたはない。耳を瞑ることはできない。

「いるとは言わないんだよ」

 燃える、燃える。言葉を聞いた思考が燃える。怒りか嘆きか混沌か。頭の中は真っ赤な炎で焼き尽くされる。赤い、赤い炎が支配する。
 赤、赤、そうこの燃えるような赤は、軽やかに揺らぐ赤は、知っている、僕は知っているはずだ。いつも見ていたはずだ。見ていた赤のはずだ。
 揺れる揺れる赤が揺れる。カチューシャのようにリボンのように。それを髪に飾っているのは
「それでもいるのかい?」
 けれども炎は髪飾りではない。焼き尽くす赤。燃え尽きた思考は静かな灰に変わっていく。 
 息が苦しい。酸欠のように喘いで、声を絞り出す。
「それでもセロリモネはいるのです」

【続く】

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?