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電波鉄道の夜 86
【承前】
荒く息を吐きながら、男は続ける。
「けれどもわかっているのです。目を閉じたままでいるわけにはいかないのだと。私は目を替えた。ならいつか目を開かないといけないのです」
男は大きく息を呑んだ。
「ねえ、親切なお方」
「はい」
「あなたはそこにいるのですよね」
「ええ、いますよ」
問い掛けに答える。僕がここにいるのはたしかだ。
「坊っちゃんもそこにいますか?」
次の問いかけにはすぐには答えられなかった。坊っちゃんらしき男はいるけれども、本当に坊っちゃんなのかどうかはわからない。少なくとも中にいてさっきまで喋っていたのは坊っちゃんではない。
けれども、本当に坊っちゃんでないとも言いきれない。死んでいる男が坊っちゃんだったなら、それが動いて喋るなら、それは坊っちゃんなのかもしれない。
結局のところ男の言うとおり、いつかは目を開けないといけないのだ。それは僕がなんと言ったところで変わりはない。
だから、僕は正直に答えることにした。
「ええ、坊ちゃんかどうかはわかりませんが、そこに男の人がいることは確かです」
「それは、どのような男ですか?」
「あなたより少し若くい人ですね。ひどく草臥れた様子です。じっと火にあたって動きません」
少し声を低くして答える。男はかすかに頷いた。
それから、ゆっくりと前を向いた。坊ちゃんの方に顔を向けて、ゆっくりと手を目の前からどける。その瞼は固く閉ざされている。
「もしも」
男が瞼を開く前に、尋ねる。聞いておかなければならない気がしたこと。
「もしも、そこにいるのが坊ちゃんじゃなかったら、どうするのですか?」
「それは……」
男は少し考えて、それでもしっかりとした口調で答えた。
「探しに行く、しかないのだと思います」
だから、と言葉を続ける。
「私は目を開けます」
そう言い切って、大きく息を吸ってから、ゆっくりと目を開いた。
二、三度瞬きをしてから焚き火の反対側、坊ちゃんの方を見た。
【続く】
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