電波鉄道の夜 109

【承前】

 背中を、髪を腕を、掴まれてつままれて引っ張られる。肉が引き裂かれそうになる。うずくまり腹の下に救急箱を抱き込んで離さない。離しちゃいけない。そう思う。なぜ? それはこの痛みと釣り合うだろうか?
 離そうと思う。投げ出してしまおうと。でも胸の中の燻ぶりがどうしても箱を引き付けて離させてくれない。痛い。痛い。でも同じくらいに胸の中が熱い。失われた空っぽ。箱を離さなければ埋められるのだろうか。胸の中の熾火がちろちろと燃える。熱い。
 熱いのが胸の中だけでないことに気がつく。少しだけ顔を上げる。視界が赤い。燃えている。小屋の中が赤く燃えている。あの赤い炎は暖炉の火。暖炉の火が燃え広がったのだ。
「ああ、ああ」
 女性が呆然とその光景を眺めている。もう抵抗を諦めたように座り込んでいる。その手にはクナイが握られているけれども、戦う気力はもう見えない。
「この小屋がなければ、この小屋がなければ」
 小さく、つぶやく声が聞こえる。
「お姉さんが帰ってこれないではないか」
 誰も女性の言葉なんて聞きはしない。
 死者たちは自分が燃えているのを気にせずに略奪を続けている。お姉さんも痩せた男も死者たちの群れのどこかに紛れて消えてしまった。赤い明りの中に無個性の略奪者たちが照らし出される。手当たり次第に手の届くものをもぎ取り、奪って行く。
 その腕の中の一本に目が惹きつけられた。その腕の手首には赤い布が巻き付けられていた。燃える炎よりももっと赤い布。あの布には見覚えがある。
あの布は
「13」
 ただ数字がぼんやりと頭に浮かんだ。灰に埋もれた頭の中、赤く揺れる数字。その腕の主は若い男。生前は馬賊だったような面構え。
「こんもね」
 知らぬ間に口から言葉が漏れ出ていた。祝詞よりもわからない言葉。
 男の目が見開かれる。他と同じ真っ暗な目。けれどもその奥に仄かに赤が見えた。燃える炎の赤。
「こんもね」
 男の虚ろな口が開いた。

【続く】 


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