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【連載版】コッペリアの末裔 vol.1 始まりはトラックに轢かれて

新世紀になっても春風は変わらず心地よく吹き、年始まりで新調した制服の裾を揺らす。私はなんだかうきうきして走り出す。おろしたての反発素材スニーカーが私の体を押し上げる。

すごい勢いで風景が流れていく。昔はこの辺りはコンクリートで覆われていたけれども、草木を植え直したらしい。第四期自然回帰運動とかだったか。教科書の話は覚えられない。よくわからない花や草の匂いが鼻の奥をくすぐる。

河川敷の道を抜けて、橋に曲がる。

今日から新学年。いったい何があるだろう。期待に胸が膨らむ。

交差点にさしかかる。

未来に思いを馳せるあまり、現在を見ることがおろそかになっていただろうか。

気が付くと自分が宙を舞っていることに気が付いた。体が軽い。空がやけに近く見える。

ゆっくりと視界は動いて、洗濯物を干す家事ロボットと目があう。あのモニターアイの色は不測の事態だったっけ?

さらに視界は動く。大きなトラックの荷台を上から見下ろす景色が見えた。トラックをこの向きから見たのは初めてかもしれない。

サイエが言っていたことがフラッシュバックする。得意気にすました顔がいやに鮮明に目の前に浮かぶ。

「どんなに自動運転が普及しても、自力での運転にこだわる運転手はいるの。そして、人間である以上ミスをしない運転手はいない。確率は低くなってもどこかで事故は起きてるんだよ」

ああ、そうか、私はその確率を引き当ててしまったんだ。そう理解する。

トラックが通り過ぎて、地面が近づく。

そこで、意識は暗転した。

柔らかく優しい暗闇が私を包んだ。

◆◆◆

「ということがあったんだ」

私が話を結ぶと、サイエは机の上に頬杖をついたまま目を細めた。自分はいつも胡散臭い話ばかりしているのに、どうして私の話は信じないんだろう。

「最近逃亡アンドロイドが電波流してるらしいね」

「そういう話はオルトの方が得意なイメージだったけど」

「あんなゴシップ頭と一緒にしないで」

サイエは眉根を寄せて、窓の外に目をやった。抗電波処理の施されたガラスは今も温かな日差しの中を飛び交う見えない攻性電波をはじき続けている。受けどころが悪ければ、嘘の記憶を記録してしまうこともあるという。

「調べてたらおばあちゃんにやめろって言われた」

「ああ、じゃあ本当なんだ」

サイエは側頭部をさすっている。サイエのおばあちゃんは内職でハッカーをやっている割に、変に旧世代なところがある。具体的には言うことを聞かないものを斜め四十五度の手刀で直す癖があるとか。

「おばあちゃんに?」

「なんでもない」

側頭部に目をやりながら聞くと、サイエは不機嫌そうに後頭部を掻いた。

「クソ忌々しいアンドロイドどもめ」

「クソとかやめなよ」

「クソだよ、クソ。アイツらにどんだけリソース使われてると思ってんの」

この辺の話をするとサイエはヒートアップしてくる。

ああ、めんどうくさいことになった。

「あんまり、そういうこと言うのは良くないんじゃない?」

突然に声が投げ込まれた。振り返るとリガオがいた。

マジメという言葉が命を得たような顔つき。オルトの読む古い物理書籍の挿絵にこんなのが出ていたような気がする。

「そういうことってどういうこと」

案の定サイエはリガオに挑発的ににらみつけた。

「アンドロイドに対する差別発言ってこと」

「はあん」

サイエはバカにするように鼻を鳴らして、ゆっくりと言った

「なるほどね。アンドロイドに対する差別発言はよくないと。ご立派ですね」

「ありがとう」

「アンドロイド狩りの娘は言うことが違いますな」

舌打ちが聞こえた。気が付くとサイエの襟首をリガオがつかみ上げていた。リガオは低い声で言う。

「次にうちの親のこと馬鹿にしたら、その首ねじ切るぞ」

「おお、怖い」

サイエがリガオを見返しながら答える。その口調は完全に馬鹿にしきったような声だった。

「二人ともやめなよ」

「てめえ」

止めようとするけれども、二人の耳には届かない。血を見るまで終わらないだろうという予感に内心ため息をつく。

「お、なになに、ケンカ?」

だから、この時ばかりはオルトの素っ頓狂な声が救いに聞こえた。

「いいね、ケンカ、青春だね。川原の夕日だね」

突然に現れたオルトはつかみあったまま動かない二人の周りをぐるぐる回りながら、よくわからないことをまくし立てる。

「殴り合う二人、腫れあがる拳、燃え盛る闘士、そして芽生える友情。ううん、いいねいいね」

その口調に一度舌打ちをしてからリガオはサイエを突き放した。

「冷めた、命拾いしたな」

「そっちこそ」

「ええ、もうやめちゃうの?」

リガオはオルトの言葉を無視して、「次はねえぞ」と言いながら自分の席に戻っていった。オルトに礼を言いながら、ちらりと見るとリガオはもう元の真面目な顔に戻って席に座っていた。

「何があったの?」

「ちょっとした意見交換だよ」

目を輝かせながら尋ねるオルトにサイエがそっけなく答える。オルトはその答えに納得したのか、ふうんと言いながらサイエの後ろの自分の席に腰を下ろしてポケットからボロボロの物理書籍を取り出した。表紙に奇妙に襟の高い服を着た二人の男が描かれた書籍だ。

「おもしろいの、それ?」

ふと気になって聞いてみる。時々気になって聞いてみることがある。だいたいそのたびに後悔する。

「まあまあかな。この頃のやつは規制緩かったから。ほら」

オルトが一つのページを開いて見せてくる。今回も後悔。顔をしかめる。表紙に書かれた男たちが血まみれになって殴り合っている絵が描かれたページだった。

「やめろよ」

サイエが迷惑そうに言った。

「え、でも面白くない?」

「面白くないよ。なんで、わざわざ好き好んでそんなの見るんだよ。性的倒錯者」

「んー、なんだろ、このころも今も殴り合うってのは変わらないんだなとか」

「うるさいな」

サイエは喉をさすりながら目を逸らした。

教室の扉が開いた。教師? それにはだいぶ早い。扉の方に目をやる。

開いた扉から緑の防護服をまとった男たちが三人。顔は防護マスクに覆われていて表情も見えない。映像という映像でひっきりなし協力を呼び掛けている。

「ここにアリエリガオはいるか?」

男たちのうちの一人が言う。皆の視線がリガオに集まる。視線の先、リガオは変わらずマジメくさった顔ですましている。

「ちょっと来てもらおうか」

男たちがリガオを取り囲み、腕をつかむ。

「おい、ちょっとおじさんたち」

声をかけたのはサイエだった。サイエは立ち上がると男たちに近づいていく。

「リガオになんか用?」

男たちはサイエを見て、しばらく黙り込んだ。おそらく念話で相談をしていたのだろう。一人が口を開く。

「我々は狩猟課のものだ」

「だろうね」

「であれば、それで十分だと思うが」

「十分じゃねえよ、なんで狩猟課がリガオ連れてくんだよ。アンドロイド狩りだろうが」

サイエは男たちをにらみつけながら、低い声で尋ねる。

「サイエ」

再び男たちが黙り込んだ隙間にリガオが声を挟んだ。声は少し震えている。

「いいから。ねえ、おじさんたち行きましょう」

「良くねえよ、おい」

リガオは立ち上がり、男たちに連れられて扉に向かう。

「おい!」

サイエの叫び声が響いた。その声を無視してリガオと男たちは教室から出ていった。

静寂が教室にあふれた。

「なんなんだよ」

サイエが呟いてリガオの椅子に座り込んだ。

オルトが口を開く。

 「人間になりすますアンドロイドがいるとか聞いたけど」

「それはないだろ」

サイエが即座に口を挟む。その眉間には深いしわが刻まれている。

「だって、リガオだぜ」

「そうだよね」

「何かの間違えなんじゃないかな」

私はできるだけ軽く聞こえるように言った。そうとでも考えないとおかしい気がした。

「きっとすぐ帰ってくるよ」

うん、とサイエは力なく頷いて窓の外を見た。つられて私も外を見る。

あいもかわらず春ののんびりとした日差しが降り注いでいる。けれども、どこか白々しい光が混じっているように思えた。

【つづく】

逆噴射大賞に出したやつのうちの一つ「コッペリアの末裔」の続きを書いてみた。しばらく書いてみよう


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