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電波鉄道の夜 113

【承前】

 背中がじくじくと痛む。燃えるように、引き裂かれれるように、少しずつ千切られるように。目を開ける。
 静寂のステージは消え去り、僕は狂乱の中にいた。時間など経っていないかのように略奪は続いていた。もう小屋はほとんど残っていない。夜の闇の中に略奪者たちが蠢いている。
 死者たちに顔はない。もう区別はつかない。最初の痩せた男も、お姉さんも、さっきの若い男も、みんな群れの中に混ざってしまっている。無数の目が黒く輝いて少しでも価値の有りそうなものを奪おうと貪欲に探しまわっている。
 瓦礫の中を見回す。女性の姿を探す。小屋の隅で小さくうずくまっている。手にクナイを握っているがもう抵抗する意思は見られない。ただ呆然と略奪を眺めている。
 腕の中に箱があることに気がつく。向こうに行っている間も離さずにいられたらしい。
 僕は音を立てないように這いながら、女性の方へ向かう。
 僕が隣に行っても女性は微動だにしない。小さな声で話しかける。
「ねえ、逃げましょう」
 目だけがぎろりと動く。それからゆっくりと首が横に動く。
「だめだよ」
「もうここには何もありません。このままではあなたも」
「ここに何もないなら、あたしもなんでもないさ」
「そんなことは」
「あるんだよ」
 強い口調で女性が言う。慌ててあたりを見渡す。さいわい略奪者たちの注意を引きはしなかったようだ。しっ、と唇の前に指を立てる。
 囁き声で語りかける。
「でも、あなたはいるじゃないですか」
「こんなとこじゃお姉さんが帰ってこれない」
「それは、だから……」
 断絶の言葉。僕は話を続けようとする。霞の向こう、朧げなステージと客席を思い出しながら。
「だから、なら、探しに行くのですよ。ここにいないならどこかにいるのですから」
「本当にそう思うのか?」
 女性が暗く問いかける。僕は頷く。自信のあるふりをして。
「ええ、だってこれはあるのですから」
 そう言って手の中の箱を差出した。

【続く】


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