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劇場版 クアドラプルプレイ ドブキュア~聖夜に響け、魔法のメロディ~ #パルプアドベントカレンダー2022

 冬場のドブヶ丘では、屋外で夜を過ごすことは死を意味する。ドブ券は屋内で過ごすための命のチケットとなり、幸運な住人たちは安く過ごせる酒場に殺到する。
 そのため今日も酒場「アンディフィート」は満席だった。

◆◆◆

「店長、3番さんにホットビールとポテトサラダベーコンマシマシ。16番さんに目玉ブドウ焼。87番さんに生命の水おかわりで」
 顔色の悪い店員が両手いっぱいにグラスを抱えてカウンターにやってきた。よく観察する者がいれば、その右手が白く曖昧に蠢いているのがわかるだろう。この混雑の中でわざわざ店員を観察するような奇特なものはいないけれども。
 彼女は後藤、またの名をキュアドレイン。失われた右腕の替わりとしてドブヶ丘の神性存在に力を与えられた女子中学生(相当)の一人だ。
 力を与えた元凶の一人は店の隅で出汁割を呑みながら机にかろうじて引っかかっている。名をドブヶ丘の女神。この街の神の成れの果てだ。薄汚れたジャージとちゃんちゃんこに酒が零れ、新しい染みが広がりつつあるが、べろんべろんに酔っ払った女神は気づきもしない。
「女神さん、もうやめときなよ。」
「うるへえなあ、あたしが酒を飲めないってのか」
「はいはい」
 呂律の回らない女神を適当にあしらっているのは野球帽をかぶった少女だ。彼女は隕鉄つるぎこ、あるいはキュアストライク。キュアドレインと同じく女神に力を与えられた女子中学生(相当)だ。
 今はドブヶ丘ハンターズの代打兼リリーフとして魔リーグで活躍している。彼女の被った野球帽にはタリーマークが刻まれている。右側に3つ、左側に5つ。右側が打者としての、左側が投手としてのキルマークだ。今日も女神の代打で出場し、2つのキルマークを刻んだ。
「女神さん、また試合中に潰れたんすか?」
 グラスを回収に来た後藤が声をかけると、女神は口を尖らせた。
「違うって、今日はまだいけたんらって、あの増えるクソ魔球も見切れてたんだから」
「増える魔球?」
「おお、5つとか6つとかそのくらいによ」
「へえ、そりゃすごい」
 驚いて見せる後藤につるぎこは耳打ちした。
「本当は2つまでしか増えてなかったんだけどね」
 どうやら今日も女神はスポドリと「間違えて」にごり酒を飲んでしまったようだ。
 バタン、と扉が開いた。
「やってる?」
 酒場の騒々しさの中をするりと声が通り抜けていった。よく通る透き通った声だった。騒がしく酒を酌み交わしていた酔客たちの会話が止まる。視線が入り口へ集まり
「お宮ちゃん!」
 わっと歓声が上がった。

◆◆◆

 声の主は御馬ヶ刻お宮、ドブヶ丘でアイドルをしている少女だ。かつてはドブヶ丘明神という神性存在をバックに活動していたが、事故でバンドとバックを失って以来ソロで活動を始めていた。今では以前同様の、あるいはそれ以上の人気を築きつつある。
 彼女の顔には明るい笑みが浮かんでいる。いつもステージで彼女が見せている笑顔だ。
「やあやあ、空いている席はあるかな?」
 わざとらしく鷹揚な口調でお宮は店に入ってきた。
「こっちあいてるよ」
「こっちのほうが広いぜ」
「あほたれ! お宮ちゃんをんな汚えとこにすわらせんな! こっちがきれいですぜ」
 客たちは身を寄せ合い、あるいは連れを殴り倒して空席を作り、お宮を座らせようと声をかける。
「おお、お宮ちゃんじゃん、こっちこっち」
 店の奥から一際大きな声が聞こえた。酒焼けしているのに存在感のある声だった。その声を聞いたお宮はぱっと一際大きな笑顔を浮かべ、店の奥へと歩き始めた。
 客たちは声の主に文句を言おうと、店の奥に一瞬視線をやり、薄汚いジャージとちゃんちゃんこを見て、言葉を飲み込んだ。欲深いドブヶ丘の住人もドブが丘の女神に喧嘩を売ると面倒なことになるというのは知っているのだ。
「おじゃましまーす」
 お宮はそう言うと女神の対面の椅子に腰を下ろした。
「なんにします?」
 後藤が注文を取る。
「あー、じゃあとりあえずドブメリー(アルコールを含まないドブヶ丘名産の飲料)のスタミナ割(スタミナドリンクで割ったもの)で」
「へいへーい。店長、ご新規さーんっす」
 後藤は空いたグラスを右腕に大量に引っ掛けて、カウンターに向かう。その後ろで、お宮がふぅと大きなため息をついた。

◆◆◆

「店長、ちょっと休憩入っていいっすか?」
「は?」
 グラスをカウンターに置いてすぐに、後藤は店長に言った。無駄にしなまで作っている。店長は当然のように厳しい顔で返した。
「この忙しい時間に休ませるわけないだろ」
「えー、おねがいしますよ」
 食い下がる後藤に店長は怪訝な顔をした。振る舞いこそ不真面目だが、仕事に関しては真剣、というのが後藤に対する評価だった。少なくとも休憩をしたい、などと理由もなく言い始めるようには思えなかった。
「あー、じゃあ、そうだ。おーい、つるぎこ!」
 店長の怪訝な顔を見て、後藤は女神の背中を擦っているつるぎこに声をかけた。
「女神さんの世話変わってやるからよ、ちょっと店手伝ってよ」
「えー」
 つるぎこは一度不満そうな声を上げた。それから、酔い潰れてお宮にとりとめのないことを話し続ける女神を見た。少し計算して
「しかたないな、いっぱい奢れよ」
 渋々という表情を作って答えた。
「はいはい、あんがとあんがと」
 後藤は笑顔で答えて、つるぎこにエプロンを投げて渡した。つるぎこは慣れた手付きでエプロンを受け取って体に巻き付けた。つるぎこも下積み時代はこの店で働いていたのだ。
「そういうことだから」
「あー、わかったわかった。こいつ出してそのまま休憩入っちまいな」 
 ドブメリーのスタミナ割を2つとどぶがすみ(ドブヶ丘で生産されるアルコール飲料、七色に輝いている)のストレートを渡しながら店長は言った。
「ドブメリ一つしか入ってないっすよ」
 不思議そうな顔で五等が尋ねる。
「今日のまかない、飲んでいいよ」
「ありがとっす」
 今日一元気な声で後藤は礼をした。

◆◆◆

「だあらよ、わらしはもっといひぇたのにかんろくのやつがよぉ」
「えー、それは、女神さん悪くないですよ」
 何度目かわからない女神の言葉にお宮は変わらない熱心さで返事を返していた。
「ドブメリのスタミナ割とどぶがすみお待たせしました」
 二人の間に大きなジョッキが置かれた。女神は目の色を変えて七色に輝くジョッキを奪い取る。
「ここ空いてます?」
 ジョッキを持ってきた店員、後藤は先程までつるぎこが座っていた席を指差した。
「ええ、空いてますよ」
「んじゃ、ちょっくら失敬」
 後藤はどかりと腰を下ろす。
「お、ごとっちゃんじゃん」
「はーい、女神サン。新しいグラス来たんで、前のはぐいっといっちゃってくださいよ」
「おうともよ」
 後藤の言葉に、女神は前のグラスの中身を飲み干し、そのままの勢いで次のグラスを持ち上げた。
「どしたんですか? 後藤さん」
「んー、そっちこそどしたの?」
「……何が、ですか?」
「あー、別に」
 言いながら、後藤は後ろに右腕をかざした。とたんに不定形の右腕は薄く広がった。薄い白色の影がお宮たちの机を他の客たち(皆聞き耳を立て、様子を窺っている)から切り離した。
「なんか疲れてんなって思ってさ」
「別に、そんなことないですよ」
 お宮は笑顔のまま、けれどもジョッキに目を落としながら言った。目をつむり、グイっと呷る。
「あっそ」
 後藤はそっけなく答えると、自分の分のドブメリーをすすった。わざとらしい人工の甘さと苦みが口の中を満たす。顔をしかめる。この味には未だに慣れない。
「だめだよー、ふたりともぉ、おさけはたのしくのまないと」
 一息でどぶがすみを半分まで空にした女神がふにゃふにゃと二人に話しかける。
「これ、お酒じゃないんで」
「ん? そうだっけ?」
「あたしら、大人じゃないんだから、お酒なんて飲めるわけないでしょ」
「それもそうか、でもでも、たのしいがいちばんだよ。ほらほら、わらってわらって、おみやちゃんも」
「笑ってますよー」
 言葉の通り、お宮の顔には笑顔が浮かんでいる。いつも通りの輝くような笑顔。
「じゃさ、歌ってよ、なんかうた」
「え」
 無邪気な女神のリクエストに、お宮は言葉を詰まらせた。
「いい、ですけど」
「やったー、ごとっちゃん、そのうではずしたげてー」
「ええ、はい」
 少し意外そうに後藤が右手をひっこめる。薄白色の帳が消える。
 どさりと音を立てて、聞き耳を立てていた客たちが崩れ落ち、慌てて立ち上がる。
「よーし、みんなー、おみやちゃんのゲリラライブ、はっじまるよぉー」
「ちょっと」
 お宮の抗議の声は客たちの歓声にかき消された。お宮は一度ため息をつき、気合を入れるように自分の頬を軽く張った。
「よし。じゃあ、みんな、よく聞いてよ! いくよ」
 お宮は顔を引き締めると、ふわりと軽く何度か跳んで体のこわばりを解した。
 滑らかに口が開かれて、歌が流れ出る

 その直前だった。
 ばたん! という騒々しい音が流れかけた歌を遮った。
「お宮さん!」
 酒場のドアが荒々しく開けられ、冷たい風が店内に流れ込んだ。迷惑そうな視線が入り口に向けられる。
 吹き込む吹雪を背に仁王立ちで立っていたのは背の低い女性だった。ドブヶ丘では珍しいスーツ姿に眼鏡、髪はきつくひっつめに結わえてある。女性は小柄ながらも迫力のある眼力で店内を見渡す。非難の目を向けていた客たちは迫力に負けて、すごすごと目を逸らした。
 女性の視線は店の中央で気まずそうに固まっているお宮に向けられた。
「お宮さん、なにやってるんですか?」
「えーっと、その、息抜き?」
 お宮は目を逸らしながら答えた。女性は大きなため息をついた。
「まだ、やることたくさん残ってるでしょう?収録明日締め切りのやつまだあるでしょう? サイン書きも終わってないのあるし、歌詞入れもまだ不安なんでしょ? 今が一番大事な時期なんだから」
「わかってる」
 まくしたてる女性の言葉を、お宮が遮った。頬を膨らませ、口をへの字に曲げている。
「わかってるけど、ほら、せっかく練習したんだから、人前で歌うのにも慣れときたいの」
「そうは言いますけどね」
「大丈夫、一曲だけだから、ちゃっと歌ってもうすぐさっと帰るからさ」
「……一曲、だけですよ」
 しぶしぶといった様子で女性が返す。
「やった!」
 お宮はその言葉を聞いて喜びの声を上げた。周りの観客たちから雄たけびが上がる。
「それじゃあ、まず一曲目、おっかつぁんの言うことにゃ! いくよー」
「まずはって…こら」
「まあまあ」
 不服そうな女性の肩を叩く声があった。女性が振り返るとそこに青白い顔にニヤニヤ笑いを浮かべた店員が立っていた。
「あそこ、空いてますよ」
 後藤は店の奥の席を指さす。女神の対面、先ほどまでお宮が座っていた席だ。
「いえ、私は……」
「せっかく来たんですし、飲んでってくださいよ、奢るんで」
「……一杯だけですよ」
 女性は頷き、奥の席に向かった。

◆◆◆

  この世に一杯だけで終わる酒なんてない、ということを後藤はこの酒場で働きだして知った。ちょっと一杯のつもりで飲みはじめた酒飲みが、明け方まで盃を重ねる光景を毎晩のように見ている。
 お宮を追ってきた女性も例外ではなかった。
「だから、あのこのことはわらしがいりばんよくしってるの、あのこのぷろでゅーさーなんらから」
 ピイナと名乗るその女性は呂律の回らない口調で今日何度目かの主張を繰り返した。後藤は真面目に相手にするのをやめ、適当な返事を返すことにした。これも酒場の処世術の一つだ。
「お宮ちゃん、やっぱいい歌うたいますよね」
「うへへへ、でしょ?」
 来店時の厳しい顔はどこへやら、女性は相好を崩した。蕩けた視線の先ではお宮が歓声を浴びながら歌い、続けている。
「あれ。これなんきょくめら?」
「まあまあ、一曲だけ歌うって言って一曲で終わることなんてないですよ」
「それもそうか」
 いやに素直にピイナは納得した。後藤が不思議に思って目をやると、ピイナは目を閉じて気持ちよさそうに歌に耳を傾けていた。
「ピイナさんはお宮が歌うのいやなの?」
 こちらも酔いの進んだ口調で女神が尋ねた。
「いやなわけりゃあ、ないけど」
 ピイナはそう言って空のグラスを口に運んだ。すかさず、後藤がカウンターから新しいどぶがすみを持ってきて、グラスに注ぐ。
「やっぱ、ほら、おみやのうたってさいこーじゃないですか」
「まあ、いい歌をだよね」
「でしょう! だから、ですよ」
 ピイナは開いている方の手で机をばんばんと叩きながら言った。
「だから、もっとたくさんのひとたちにきいてほしいんれすよ」
「聞いてもらってるじゃないっすか、今も」
 後藤が口を挟むと、ピイナはぎろりと睨みつけた。
「もっともっとたくさんですがいいの!」
「もっと?」
「そう、もっと、こんなまちだけじゃなくて、もっとたくさん、まちのそとの、せかいじゅうにきかせたいの、あのこのうた。そのためにはうたういがいのこともしないといけないの!」
「わかるわかるよ、まあのみなよ」
 女神は適当に相槌を打ち、興奮するピイナにどぶがすみを勧めた。ピイナはおとなしくグラスを受け取って一口呷る。あ
「あ、ちょっとしつれい」
 ピイナはスーツのポケットから薄い手の平ほどの板切れを取り出し、耳に当てた。そのまま立ち上がり、店の隅に向かう。
「なんだあれ?」
「女神さん知らねえんですか? あれ、携帯電話って言うんすよ」
「ばかいえ、携帯ったら、もっとなんか真ん中でぱかって折れんだよ、最近のは」
「割れたら使えないじゃないすか」
 言い争う二人を気にせず、ピイナは店の隅で虚空と会話を続ける。
「ええ、れすから、じゅんちょうれすって……はい、え?……のんれないっすよ……ええ、きしょうかちですよね、わかってますって……え、え」
 小声で話していたピイナだが、興奮して次第に声が大きくなっていく。
「まってください、え、ほんとうですか? え!」
 ピイナはひと際大きな声を上げた。お宮の歌がちょうど途切れたところで、店中の視線がピイナに注がれる。気にせず、ピイナはお宮に叫んだ。
「おみや!」
「やっべ」
 呼びかけられて、お宮は歌うのをやめ、気まずそうに見開いた眼を逸らした。
「なあに、ピイちゃん」
 お宮の態度に気がつかないのか、ピイナは大きな声で続けた。
「とれたよ! 待坂井ホール! 12月の24日!」
 その声は店中に響き渡った。一瞬の静寂。
 それから店中に大きな歓声が上がった。

◆◆◆

 待坂井ホールはドブヶ丘の外れ、外の街の近くに建つ多目的ホールだ。立地のみならず、呪術的、立場的にもドブヶ丘と外の町の境目として機能している。芸事によってドブヶ丘から外に行こうとする者、あるいは外からドブヶ丘へ入ってこようとする者は一度このホールで公演を行い、試しを受ける。
「じゃあ、お宮ちゃん、外に行くつもりなのかね」
 客のはけたアンディフィートで店じまいの作業をしながら店長は何気なく尋ねた。
「お宮ちゃんは、どうなんすかね」
 後藤は机を拭きながらに答えた。
「というと?」
 歯切れの悪い後藤の言葉に店長はグラスを拭く手を止め、顔を上げた。
「あのプロデューサーさん、ピイナさんでしたっけ、あの人は結構乗り気みたいでしたけど」
「お宮ちゃんの方はそうでもないって?」
 店長は片眉をあげた。生まれの故か後藤の目は客の表情を読むことに関して卓越したものがある、と店長は感じていた。
「もちろん、喜んでいたのは確かだとおもうんですけど……ん?」
 椅子を拭っていた後藤が、言葉を切って椅子の下を探る。
「どした?」
「いや、なんだろ、これ」
 そう言って立ち上がった後藤の手の中には小さな板切れが乗っていた。
「ああ、ピイナさんかな」
「なにそれ?」
「携帯電話、じゃないんすか」
「え、でも携帯電話ってなんか肩からかけるやつでしょ」
 店長が困惑したように眉を寄せる。
「いつの時代の人なんですか? まあ、届けに行くっすよ。たしか、森の廃墟で練習してるって言ってたんで」
「ああ、じゃあ、おにぎりでも作るから一緒に持ってってやって」
「あーい」
 後藤は返事をすると板切れを机に置いて、掃除を再開した。木でできた板切れは机の上で、からんと軽い音を立てた。

◆◆◆

 ドブヶ丘の市街地から離れた森の中、各種の汚染物質によって変質した原生生物の闊歩するその領域はよほど腕に覚えがある者しか立ち入らない。そして、どんなに自分の力に自信がある者でも一瞬気を抜けば次の瞬間には命を失っている。
 その森に一軒の廃墟があった。どんな理由があって立てられて、なぜ廃墟になったのか、それを知る者はいない。訪れる者もなくただ静寂のままに朽ち果てていくだけ、のはずだった。
 今、廃墟には「音」が響いていた。その音は原生生物の鳴き声ではなく「音楽」だった
 時間そのものから削りだされたような、打楽器のリズム。その上に滑らかな円を描くようにベースが濃厚な重低音を響かせる。さらにその上にギターが星の運航のような正確さできらびやかなメロディーを奏でている。
 そして、それらの演奏の中心にあるのが歌声だった。音一つ一つの音と呼応するように繊細に歌い上げられるその歌声は、音の構築物に最後の調和と均整をもたらしていた。
 普段ならば絶え間ない闘争に明け暮れているはずの原生生物たちは、廃墟の周りに均等にうずくまり、うっとりと音楽に耳を傾けている。
 ふいに、調和にぶれが生じた。歌のリズムが僅かに遅れた。ほんのかすかなズレ、それだけ、しかしそれだけで完璧な調和は崩れた。歌い手は演奏に追いつこうとこけつまろびつ必死でなんとか歌を続けるが、進行とともにズレは大きくなっていき、演奏は止まってしまった。
「さて」
 そう言ってギターを引いていた男がお宮に顔を向けた。染み一つない純白のスーツを着た男だった。恐ろしいほどに整った顔をしている。手の内のギターは美しく螺旋を描く形をしている。
 そこは廃墟の中に設けられた仮設のステージだった。待酒井ホールと寸分たがわぬそのステージの中央にお宮はいた。ひどく疲れ憔悴した顔をしている。その後ろにギタリストが、さらに後ろからベーシストとドラマーが無感情な顔をお宮に向けている。
「もう一度、やってみましょうか」
「はい」
 ギタリストの言葉に、疲れ切った声でお宮が答える。酒場での楽し気な表情はどこにもない。
「大丈夫ですよ。音楽は調和です。秩序はもうあなたの中にあるのです」
「ええ」
「あのー、」
 客席から遠慮がちな声がかかった。
「どうしました? ピイナさん」
「そろそろ休憩とか……どうですかね? もう五時間も歌いっぱなしですし」
「ああ、大丈夫ですよ。休憩時間もちゃんと管理していますから。もう少し続けられるはずです。そうですよね? お宮さん」
「ええ、はい」
 お宮は頭を振って気力を振り絞り、マイクを構える。
「ピイナさんも、お宮さんも、次のライブを成功させたいのでしょう? ならぎりぎりまで効率よく練習をしないと」
「でも」
「大丈夫」
 ピイナの抗議の言葉をお宮が遮った。しっかりと二本の足で立ち、胸を張る。
「おねがいします」
「ええ、いきましょう」
 ギタリストは微笑んで答え、ドラマーに合図を送った。
 機械よりも正確にシンバルがリズムを刻む。ベースが波のような重低音を奏で始める。
「おや?」
 演奏に入ろうとしたギタリストが手を止め、首を傾げた。ドラムとベースも何かに気がついたように、演奏を止める。
「どうしました?」
 ピイナが不思議そうに尋ねる。
「お客さん、のようですね」
 廃墟の崩れかけた扉が開いた。
「あのー、お宮さんの練習場所ってここであってます?」
 のんきな声が廃墟に響いた。
 廃墟の入り口には後藤が立っていた。

◆◆◆

「どちらさまですか?」
 ギタリストが尋ねる。
「お宮さんの、友達っす。ああ、そうだ、これこれ」
 後藤は暢気な声で答え、ポケットから板切れを取り出す。
「ピイナさん、忘れてましたよ」
「え、ああ、ありがとうございます」
 突然名前を呼ばれ、驚いたようにピイナが答える。
「なるほど、それはありがとうございます。では練習があるので、このあたりで」
 板切れを受け取り、ギタリストはそっけなく答える。
「あと、これ店長から、差し入れです」
 後藤は風呂敷を掲げて見せる。
「それは?」
「おにぎりです。締めにぴったりだって評判なんっすよ」
「申し訳ないですが」
 ギタリストは微笑んで首を振った。
「食べ物の差し入れはお断りしてるんですよ。栄養は我々が管理していますので」
「管理?」
「ええ、人類は食べたもので構成されるのです。余分なものを体に入れてしまっては歌に余分なものが入ってしまいますから。ちゃんと、計画通りに栄養を摂取しなければなりません」
「え、そうなの?」
 素っ頓狂な後藤の言葉。それはギタリストへではなく、その背後で立ち尽くしているお宮に向けられた言葉だった。
「うん、そういうわけだから」
「ああ、そっか。じゃあ、しかたないか。ピイナさん」
「はい?」
 突然話を振られて、ピイナは裏返った声を上げた。
「これあげる。ピイナさんは別にダイエットしてないんでしょ?」
「え、ええ、まあ」
 戸惑いながら、ピイナは風呂敷を受け取る。
「では、お帰りはあちらから」
 ギタリストが慇懃無礼な口調で出口を指し示す。それを見て、後藤は笑って手を合わせた。
「ね、ちょっと練習見ていかせてよ」
「秘密の練習ですので」
「誰にも言わないからさ」
 そう言うと後藤はピイナの隣に座りこんだ。
「ちょっと」
 ピイナは抗議の声を上げ、困った様にギタリストを見る。ギタリストはため息をついて「まあ、いいでしょう」と呟いて、バンド全体に声をかけた。
「いきましょうか」
 ギタリストがドラムに合図を出す。少しだけベースとドラムに目くばせをする。お宮や後藤たちには見えないような目くばせ。
 先ほどと同じように演奏が始まる。ドラム、ベース、ギターが絡み合い、正確で調和で構成された演奏が廃墟を満たす。お宮が口を開く。

「え」

 魂が漂白されるような感覚に、後藤は声を漏らした。耳から入った音楽が脳みそを揺らし、意識を寸断する。意識が正方形に成形されるような感覚。自己と世界が等間隔に並べられる感覚。
 ふっ、と息を吐き、地面を踏みしめる。右腕に力をこめる。神の恩寵と自己の曖昧な境目がかろうじて後藤の自我を繋ぎとめる。
 ギタリストの目が興味深そうに細められる。お宮に目くばせをする。歌いながら、お宮はびくり、と反応する。少し大きめのブレス。
 ひと際大きな歌声が吐かれる。後藤が身構える。一瞬、大きな秩序の中に統合され、穏やかに役割をなす自分の姿を幻視した。そしてその幻現実へ実体の触手を
「ごほっごほ」
 法悦は咳き込む声で中断された。
「あ、ごめんなさい」
 お宮がむせながら謝る。演奏が止まる。
「大丈夫ですか?」
 ギタリストが優しくお宮に声をかける。声とは裏腹にその目は冷たく鋭いものだった。
「ええ、すみません」
「なるほど、水を飲むタイミングも考えないと、不慮の事態が起きるかもしれないということですね」
「気をつけます」
「大丈夫ですよ。気を付けるのは我々の役目ですから。お宮さんは何も考えないで、ただ、歌うことだけを考えていればいいのです」
「……はい」
 うつむいて、お宮は答えた。
「あのさ、お宮ちゃん」
 ふらふらと頭を振りながら、後藤がお宮に呼びかけた。お宮は申し訳なさそうに後藤の方を見た。
「なに?」
「歌うの、楽しい?」
「それは……」
「楽しいばかりではありませんよ。ええと、後藤さんでしたか?」
 ギタリストが二人の間に立った。
「お宮さんの歌はもっとたくさんの人のところに届くべき価値があります。価値を持った人間はそれを生かす義務があるのです。そうでしょう? お宮さん」
「ええ、はい」
「そんな義務のために歌うのかよ」
 苛立ったように後藤は言葉をぶつける。
「義務を果たせば対価が手に入ります。それが価値というものです。お宮さんには叶えたい夢があるのですよ」
「そんなもの」
「後藤さん」
 言い返そうとした後藤の言葉はお宮に遮られた。
「私は大丈夫」
「そうは見えないけど」
「大丈夫、だから。練習、してるから」
 たどたどしく、お宮は後藤に語り掛ける。
「もっと歌上手くなって、たくさんの人に聞いてもらって、うん、私が、そうしたいの」
「そう」
 口をへの字に曲げて後藤が答える。
「だから、今日はもう帰って」
「いや」
「今はまだ、上手くない、から、ライブで、もっとずっと上手くなった私を見に来て」
 うつむいたまま、お宮は言う。後藤は頭頂部を黙って見つめる。
 廃墟に沈黙が流れる。
「そう」
 後藤は短くそう言って、振り返った。
「邪魔したね」
「ううん」
「ライブ楽しみにしてる」
「うん」
 お宮はうつむいたまま、小さく頷いた。

◆◆◆

 歌が聞こえていた。お宮の歌だ。懐かしい、底抜けに明るい歌。アンディフィートのざわめきの中、高らかに響く歌声。
 向かいに男が座って、歌を聞いていた。遠い記憶に見覚えのある男だった。傍らに置いてあるV字のギターを見て後藤は思い出す。
「お宮ちゃんのとこのギタリスト?」
「なんだよ、急に、酔ってんのか?」
 あの冷徹なギタリスト、じゃない。以前の、お宮に初めて会った時のギタリスト。ずっと昔の話。だって、あのギタリストは
「しかも、ちゃんって」
「なんだよ。悪いかよ」
「いや、俺も今度からそう呼ぼうって」
 この男の顔なんて、こんなに詳しく覚えてるわけがない。これは夢なんだろうなと、思う。あたりを見渡す。前のドラマーがつるぎこと腕相撲をしているし、ベーシストは女神と飲み比べをしている。
 それに何より、心地よく耳に聞こえてくるのはお宮の歌。あの歌とは違う、悩みも苦しみも解きほぐすような優しい歌。聞くだけで勇気と活力の湧いてくる、そんな歌。
 だから、これは昔のことなのだ、と思う。お宮のバンドたちと飲んだのは一度だけ。お宮のライブに乱入して、その後だけ。
 ああ、そうだ。自分の右腕を見る。黒い腕。あの時はドブヶ丘の神の一人、ドブヶ丘明神の力を腕に宿していたのだった。
 かすかに右腕が震える。歌に共振しているようだった。そういえば、と歌うお宮を見る。あいつもこの時は明神の力を借りて歌っていたんだった。
「そんなのなくても、いいだろうに」
「うん?」
「いや、いい歌だなって」
「だろう」
 ギタリストは後藤を見てにやりと笑った。
「おれも、あいつの歌好きなんだよ。だから、ずっとあいつとやれたらいいなって思ってる」
「そうか」
 ギタリストの言葉を聞いて思い出す。この宴の結末を。
「あいつの歌をいろんな人に聞いてほしいし、あいつにもいろんな人に会って、いろんな歌を歌ってほしい。それを俺が聞けたら一番いい」
 ギタリストはドラマーとベーシストに目をやって続けた。
「あいつらもきっと同じように思ってる、思ってた、かな」
「うん」
 歌は終わり、お宮が酔いつぶれたベーシストの仇にと女神に飲み比べを挑むのが見えた。止めようかと後藤は思う。夢の中だとわかっていても、この後の結末は見たくなかった。
「だから、あんたがもしもあいつの歌を気に入ってくれたんならさ」
「あんたが気に入ってんだろ」
 後藤はギタリストの言葉を遮った。
「私じゃなくてさ、あんたが気にしてやんなよ」
「ああ、そうだね」
 やるせない微笑みがギタリストの顔に浮かぶ。
 ごとん、と人が倒れる音がした。背後の机で歓声が上がる。女神が雄たけびを上げる。
「まったく、仕方ねえな」
ギタリストが苦笑いをして立ち上がる。
「うちの姫様を迎えに行ってくるわ」
「ああ」
 後藤は悼むように目を閉じる。
 ごう、と黒い奔流が店内に吹き荒れた。

◆◆◆

 アルコールの酩酊でお宮と明神の境界が薄れたことによる明神の顕現。
 居合わせたドブヶ丘の女神と、当時のドブキュア、キュアストライクとキュアドレインの活躍により、わずかながら生存者を出すことに成功した。
 お宮のバンドメンバーたちはその生存者には含まれなかった。

◆◆◆

 後藤は目を覚ました。
「寝てる時間はバイト代払わねえからな」
 店長が不機嫌そうに言う。後藤は欠伸をしながら目をぬぐい、あたりを見渡す。まだ開店準備中で無人のアンディフィートの店内には午後の陰鬱な光が差し込んでいる。
「開店まだっすよね」
「こっちは仕込みしてんだよ。帰ってくるなりいきなりぐーすか眠り始めやがって」
「ああ、すみません」
 誠意のない後藤の言葉にため息をついて、店長はネギを刻むのを再開した。顔を上げないまま、尋ねる。
「で、どうだったの?」
「なにがっすか?」
「お宮ちゃんの歌。練習覗いてきたんだろ?」
「ああ、だいぶ仕上がってましたよ」
「へえ、それじゃあ、ライブ楽しみだね」
「ええ、そうですね」
 後藤は気のない返事をしながら、右手を開いたり閉じたりした。夢の名残に黒い感触が残っているような気がした。
「ぼうっとしてるんなら手伝いな」
「バイト代でるんすか?」
「働くならね」
「うぇーい」
 けだるげに後藤は立ち上がる。その時、酒場の扉が開いた。
「すみません。まだ」
「おつかれさまです。お届け物でーす」
 店長の制止は、元気のいい声にかき消された。
「って、なんだつるぎこか。どした? こんな時間に」
「だから届け物だって」
 そう言って、つるぎこはカバンからビラの束を取り出した。
「今度紅白戦やるんだけどさ、チケット全然売れてないらしくてさ、これ置かせてくれない?」
「ああ、いいよ。置いてきな」
「ありがと」
 つるぎこは礼を言って、店の奥の掲示板に向かう。
「お」
 つるぎこが掲示板の前で立ち止まった。
「おみやちゃんのライブ、来週なんだ」
「ああ、もうそろそろだね」
 掲示板にはお宮のライブのポスターが貼りだされていた。
「お前、行く?」
 つるぎこが後藤の方に振り向いて尋ねる。後藤は少し考えて、答える。
「あー、どうしようかな」
「どうせ暇だろ? 他に一緒に行く人もいないだろうし、一緒に行ってやるよ」
 恩着せがましくつるぎこが言う。はいはい、と受け流しながら、後藤も掲示板に寄る。
 つるぎこの隣に立ち、ポスターを眺める。
 右腕がゆるりとうずいた気がした
  お宮の背後に、バンドメンバーが映りこんでいる。昔のメンバーだ。ドラム、ベース、そしてギタリスト。痩せた無精ひげのギタリスト。さっきまで夢の中にいた男。
 お宮の顔は曇りも陰りもない笑顔。写真を見ているだけで歌が聞こえるような気がした。その歌は夢で見た歌。
「なあ、つるぎこ」
「なんだよ」
「今月の24日って空いてる?」
「いや、これに行くんだけど?」
 つるぎこは呆れた口調でポスターを指さす。
「あーちょっとさ、」
 後藤は少し口ごもってから言葉を続けた。
「バンドでもやらねえか?」

◆◆◆

「もうすぐ、開演ですね」
 ピイナが緊張した面持ちで、でお宮に話しかけた。
「うん」
 硬い口調でお宮が答える。
「緊張してる?」
「まあ、それなりに」
「練習通りにやれば、大丈夫。お宮ちゃんの歌、上手くなったから」
「うん、ありがとう」
「そろそろ、水を飲む時間ですね。どうぞ」
 お宮の言葉を遮って、ギタリストがお宮に水を渡した。定時の水分補給。これを逃せば次の時間まで水を飲むことができない。お宮はボトルを受け取って、口に運ぶ。
 待坂井ホールの楽屋は広い。バンドメンバーが同じ楽屋に入って、ケータリングが並んでもまだ広々としているほどだ。
 並んでいるケータリングにお宮が手をつけることは許されていない。あくまで見栄えとスタッフのためのものであって、お宮のためではないのだ。決められた時間に出される栄養の管理された料理だけがお宮の食べて良いものだ。もう慣れてしまって不満にも思わない。
 ケータリングを食べないのはお宮だけではない。ギタリストもケータリングに手を付けない。そもそもお宮はこのギタリストが物を食べているところを見たことがなかった。ドラマーやベーシストもそうだ。
 そっとドラマーとベーシストを眺める。二人共お宮たちのやり取りに一切興味を示さず、黙々と自分の楽器の調整に励んでいる。
 お宮はこの二人が少し苦手だった。ピイナにギタリストと一緒に紹介されて以来、練習を重ねてきたがこの二人とろくに話をしたことがない。話しかけてもふわりとした相槌が返ってくるだけで、話題が転がらない。まるで空白の人形を相手にしているみたい。話しかけるのさえやめてしまった。演奏に関する意思疎通はギタリストとだけ行っている。けれども奇妙なことに、それだけで演奏は成立してしまっていた。
 ギタリストの指示に従って歌えば、演奏は最高のものになった。喋らない二人も演奏は驚くべきもので、ギタリストの指示を完全に反映した正確な音を作りだす。お宮が口をはさむ余地はなかった。
 それでも、とお宮は思うのだった。
「あいつらとの演奏は楽しかったな」
「そうですか」
「え、あ、ごめんなさい」
 思わず漏れた内心に返事をされて、お宮はあわてて謝った。ギタリストは笑って答える。
「いいんですよ。前のほうが良かったように思う気持ちは人間にはよくあるものですから」
 でも、とギタリストは続ける。
「もういない人たちを懐かしんでも仕方がありません」
「ええ」
「気にいってはいないかもしれませんが、私達と組んで演奏をすれば良い演奏を作れますよ」
「ええ、わかってます」
 お宮は頷く。
「それに素晴らしい演奏をして、お宮さんの歌を多くの人に聞いてもらうこと、それが彼らの望んでいたことではないですか」
「ええ、それはそうだ、と思います」
 今度は心から頷く。そうだ、と内心で思う。そのために自分はピイナの提案を受け入れ、この冷徹なバンドメンバーと組んだのだ。
「あと十分で開演です。準備大丈夫ですかね?」
 楽屋の扉が開き、舞台監督が顔をのぞかせた。スタッフは以前と同じスタッフだった。ギタリストは自分たちの知り合いをスタッフに据えようとしていたけれども、お宮の反対にあい、まだ交代は行われていなかった。
「はい、いつでも」
 お宮は微笑んで頷いた。
「お客さんたち、ワクワクして待ってますよ」
 舞台監督がにっこりと笑って答える。ギタリストの知り合いのスタッフはきっと完璧なスタッフなのだろうけれども、このような笑顔は見せないだろう、そんな予感がしていた。
「さあ、それではステージにお願いします」
 舞台監督が扉を大きく開いた。
 その時、客入れの曲が途切れた。ギターの爆音が会場を揺らした。

◆◆◆

「なんだ!?」
 舞台監督が叫んだ。慌ててトランシーバーで呼びかける。
「演出、じゃあないよね」
 お宮は眉間にしわを寄せたギタリストと状況が呑み込めず目を白黒させているピイナを見て呟く。そんな演出があることをお宮は聞いていない。
「その、何者かが、ステージで演奏を始めたみたいで」
 舞台監督がトランシーバーを耳につけたまま叫ぶ。スピーカ越しにステージの混乱が漏れ聞こえてくる。
「スタッフや警備員は?」
「その……」
 舞台監督が口ごもる。ギタリストは目を細め、厳しい声で尋ねる。
「どうしました? 状況を説明してください」
「一部のスタッフが侵入者に協力しているようで」
「ほう」
「買収か、懐柔されたと思われます」
「なるほど」
 報告を聞いて、ギタリストはため息をつき呟いた。
「だから人間に任せるの嫌なんだ」
「え」
「仕方がありません。演出ということにしましょう」
 聞き返す舞台監督を無視して、ギタリストは毅然とした口調で告げた。
「我々の音楽で排除し、ライブを開始します」
 少し考えてから、ギタリストは付け加える。
「我々は客席から出ます。各部署に連絡を」
「あ、はい」
 舞台監督は頷き、トランシーバーに指示を叫ぶ。
「我々の完璧性はこの程度の不確定要素では崩れません」
 ギタリストは宣言するようにそう述べた。

◆◆◆

「このライブは! 俺たちがのっとった!」
 ステージの上で、仮面をつけた人物が叫んだ。汚れたジャージとちゃんちゃんこに身を包んだ謎の人物だ。
 観客の間に戸惑いが走る。
「前座か?」
「だれだ?」
「知らん」
「いや、知ってるぞ、あいつらは確か……!」
 古参のファンの一人が叫ぶ。
「昔に対バンで来たやつらだ! 名前は確か!」
「俺たちは! メガミ! オブ! アンディフィート! だ!」
 ジャージの仮面が名乗りを叫んだ。ブーイングが巻き起こる。
「帰れ!」
「お宮ちゃんを出せ!」
「黙りやがれ! あんなくだんねー歌よりも! 俺たちの歌を聞けー!」
 ジャージ仮面が叫ぶ。エプロンを着た謎の仮面の人物がシンバルでリズムを刻む。野球帽の仮面の人物がたどたどしくベースを響かせる。右腕の白い謎の仮面の人物がジャージの謎の人物に合わせギターをかき鳴らす。
「それじゃあ、一曲目行くぜ!」
 ジャージ仮面がマイクに向かって叫んだ。

◆◆◆

「酷い曲ですね」
 客席後方の入り口への廊下を走りながら、顔をしかめてギタリストが呟いた。恐ろしく下手な演奏だった。へなへななギターに薄っぺらなベース、ドラムのリズムは不安定で酒ヤケした歌声は音程があっているところの方が少ないほど。
 軽蔑しきった口調でギタリストが吐き捨てる。
「音楽は秩序です。この歌には秩序なんてものはない」
 走りながら、お宮も曲を聞いていた。この歌はお宮が求めてきた歌と正反対の歌だ。上手い歌じゃない。ファンの求める歌でもない。こんな演奏がお宮のステージで奏でられていること、それはお宮の練習の価値を著しく傷つけるものだ。それなのに
「いや、そんなことはない。こんな歌は」
 お宮は頭を振って浮かんだ考え、胸の高鳴りを追い払い、走る脚を速めた。

◆◆◆

「一曲目がドブサイドオブザムーン! ありがとう!」
 一曲目が終わり、ジャージの謎の仮面が叫ぶ。盛大なブーイング。お宮の歌を聞きに来たはずなのに、なぜ自分たちはへたくそなバンドの演奏を聴いているのか、観客の不満は高まっていく。
「帰れー!」
「へたくそー!」
 やじとともに瓶やペンライトがステージに投げ込まれる。
「うるせー! 黙って私らの歌を聞け!」
 ジャージ仮面が叫び返し、二曲目の演奏が始まる。

「そこまでだ!」
 待酒井ホールに声が響き渡った。拡声されていないのに、メガミオブアンディフィートの歌をかき消すほどの音量の声だった。ホールが静まり返る。
「よくも我々のライブを汚してくれたものだな」
「来やがったな!」
 ジャージ仮面が叫び返す。ギタリストはやれやれと首を振り、ギターを構える。
「はっ! アンプも繋いでない楽器で勝てるかよ!」
「行きますよ」
 ギタリストはジャージ仮面の言葉を無視して、ドラマーとベーシストに目くばせをする。戸惑うお宮をよそにドラマーが客席の手すりをスティックで叩き、リズムを刻む。ベースがうなりを上げ、ギターと絡み合う。
「なっ!」
 ジャージ仮面は絶句した。アンプのないギターとベース、ドラムに至ってはドラムセットさえ使っていない、それなのにその演奏は「完璧」の域にあった
 ギタリストがお宮に向かって頷く。お宮はもはや反射的に、息を吸い、口を開いた。
 お宮の歌が始まる。
 その音を聞いたとたんに、観客は自分が均整と秩序の中に位置づけられていることに気がついた。自分が大きな全体の一部に確かにいることを感じる。自分と他の人間が等しく部分に統合されている。絶対的な安心感、大きな幸福感に包まれる。 
 ギタリストは微笑みながら演奏を続ける。お宮の秩序律の音楽は完成した。あとはステージに立って本来のセットアップで本来の演奏をすれば観客たちを完全な秩序の下に置けるだろう。
「ん?」
 ギタリストはわずかに眉をひそめた。違和感。自分たちの音楽に混じるかすかな雑音。ステージを見る。
「なんだと」
 思わず、驚きの声が漏れた。
 ステージの上ではメガミオブアンディフィートが演奏を続けていた。
 無傷ではない。ドラムもベースも息も絶え絶え、なんとか演奏を続けているだけだ。
「なぜだ?」
「私らの、歌を聞けぇ」
 弱々しくジャージ仮面が呟く。彼女は演奏さえしていない。ギターを宙に掲げているだけ。しかし、そのギターは薄く七色に輝いていた。七色のドブ側の色に。その輝きは歌を乱し、舞台上にささやかな無秩序を作り出していた。
「神族の結界か!」
 ギタリストが苦々しく呟く。
「ええい、構わない、このまますりつぶしてくれる」
 ギターがひときわ高らかに唸る。秩序はもはや物質ほどの確かさをもってステージで演奏するメガミオブアンディフィートに襲い掛かった。
「う、うう!」
 どん、とギタリストは衝撃を感じた。わずかに、演奏がずれる。
「なんだ!?」
 振り向く。そこにいたのはピイナだった。よろよろとギタリストの腰にしがみついていた。
「ちっ、耐性ができていたか」
 ギタリストは舌打ちをしてピイナを振り払う。
「うう」
 よろけたピイナは呆気なくお宮の足元に転がる。お宮が目だけでピイナを追う。
「ごめん、おみや、やっぱり、こうじゃないよ」
 ピイナは絞り出すように、お宮に語り掛ける。
「おみやのうた、うたいたいうたって、こんなうたじゃないんでしょ?」
 お宮は歌をやめない。凍り付いた笑顔のまま、首を振る。
「でも」
 ピイナの言葉は儚くギターの音にかき消された。

 ステージ上のメンバーたちは、一瞬、秩序の音楽の圧が薄れるのを感じた。その一瞬を逃さず、ジャージ仮面が叫ぶ。
「ドレイン! お前が歌え!」
 呼ばれた、白腕仮面が答える。
「私、歌なんて歌えないよ」
「今はお前しか歌えない」
「でも、人に聞かせられるようなもんじゃ……」
 戸惑う白腕仮面に、ジャージ仮面が怒鳴りつける。
「人に聞かせようなんて考えなくていい、お前の歌いたい歌を、お前が歌いたい奴に向けて歌え!」
「歌いたい、やつ?」
 白腕仮面はちらりと客席を見た。そこで凍ったような笑みを浮かべ歌うお宮を。
 一瞬の逡巡の後、白腕仮面は大きく息を吸い、マイクに口を寄せた。

◆◆◆

 待酒井ホールに歌が響く。その歌は決してきれいな歌ではない。上手な歌でもない。ただ、のびのびと自由な歌だった。秩序とは無縁の歌。それは例えば歌い手の右腕のような、ステージにまき散らされたアルコール飲料のような、そしてこのドブヶ丘自身のような、どろどろとした混沌の歌。
 白腕仮面の歌が客席から流れるお宮の歌とぶつかり合う。

◆◆◆

「なんだ?」
 演奏を続けながら、ギタリストは再び違和感を感じた。自分の演奏は完璧だ。お宮の歌も練習の通り、狂いは一つもない。それなのになぜか自分たちの演奏が今までの秩序から外れたように思えた。その原因は……
「まさか!」
 ドラマーとベーシストに視線をやる。見た目には何も変わらない、いつもの寡黙な二人。しかし、その演奏はまるで異なるものになっていた。
「お宮」
 ドラマーがお宮の名を呼んだ。お宮は驚いて顔を上げる。
「歌、上手くなったじゃないか」
 ベーシストが語り掛ける。その声は、その演奏は
「なんで」
 歌が止まる。見開いた眼から涙がこぼれる。
 語り掛ける声は懐かしい声。あの夜に失われたはずの声。
「お宮」
 ドラマーがスティックを振り上げる。かちんと音がして何が打ちあげられる。お宮は思わずつかみ取る。手の中に掴んでいたのはワイヤレスマイクだった。ステージを見る。野球帽仮面が整ったフォロースルーを見せている。
「歌いなよ」
 ベーシストが促す。
「でも」
 お宮はためらう。一人足りない。
「大丈夫」
「え」
 ギターの音が聞こえた。隣で立ち尽くすギタリストから、ではない。ステージから。歌う白腕の謎仮面の右腕、曖昧な形をした腕がギターをかき鳴らしている。その音は昔のままの懐かしい音で
「うん」
 涙をぬぐい、お宮は息を吐き、吸う。
 マイクを口に寄せる。

 ◆◆◆

 お宮は歌った。いつぶりだろう、秩序を、律を考えない歌を歌うのは。けれどもその歌は白腕仮面のような混沌の歌ではない。ただ、明るく活力に満ちて、歌う喜びにあふれた歌。

◆◆◆

 観客たちは次々に秩序の戒めから解放されていった。耳から活力が流れ込んでくる。状況を理解する前に、観客たちは喜びの声を上げていた。
 ステージ上の謎の仮面たちもまた力が漲るのを感じた。頷き合い、演奏を再開する。お宮たちの演奏に合わせて。
 白腕仮面は歌を続ける。その歌はお宮の歌と絡み合い、混沌のエネルギーを増幅していった。
「くそっ!」
 ギタリストがただ一人、苦々しく舌打ちをした。会場に渦巻く活力と混沌の歌が、彼の秩序を削っていく。
「今日のところは、このあたりで」
 そういうと、ギタリストは口惜しさを切り捨てるようにギターを一掻き、かき鳴らした。
 「いずれ、また」
 その音が飲まれるよりも早くギタリストは姿を消していた。
 彼の捨て台詞も消失も、誰も気にせず、演奏は続く。
 高まる会場全体の熱気が演奏に熱を与え、演奏はどこまでも美しく響いていった。
「うん、やっぱりいいうただなあ」
 地面に横たわり、天井を見つめながら、ピイナは小さく呟いた。

◆◆◆

 アンディフィートは大繁盛だった。
 まったくもって不明な理由だけれども、お宮のライブの帰りに観客がこぞってアンディフィートを訪れたのだった。やけにボロボロになった店長とつるぎこと後藤は疲れた体に鞭打って、店内を駆けまわった。女神はいつも以上に楽しそうに酒を呷っていた。なぜだか今日は女神に酒を奢りたがる客が多かった。

 忙しさの波が過ぎたのは深夜を大きく回ってからだった。ようやく客足が途絶え、静かになった店内でつるぎこと後藤はぐったりと倒れ伏していた。その隣では女神が酔いつぶれていびきをかいている。
「やってる?」
 扉が開き、疲れ切った声がした。疲れ切っているけれども、満足そうな声。
「ああ、いらっしゃい」
 店長はぐったりと声をかける。入ってきたのは三人、お宮とドラマーとベーシストだった。
「とりあえずドブメリーと、どぶがすみ二つ」
「あいよ」
 店長は答えて、グラスを取り出す。
「ライブはどうだった?」
「んー、最高だったよ」
「へえ、そりゃあ良かった」
「そういえば」
 にやりと笑ってお宮が続ける。
「スタッフさんたちが店長によろしくって」
「ああ、そうかい」
 素知らぬ顔で店長が答える。
「なにしたの?」
「さあねえ」
 店長は一度誤魔化した後で、にやにや笑うお宮のに観念したように言った。
「まあ、ちょっと便宜を図ってもらってね」
「ありがとね」
「あいよ、お待ちどうさん」
 店長は咳払いをしてから、誤魔化すようにお宮たちの前にグラスを置いた。ついでに自分の分のグラスも出して黄金の液体を注ぐ。
「ほら、お前らも起きな」
 店長に声をかけられ、後藤とつるぎこはなんとか体を起こし、目をこする。
「お宮ちゃんじゃん、おつかれー」
「お宮さん、ライブ良かった、らしいですね」
「うん、ありがとね」
「あいよ」
 二人の前に、ドブメリーのグラスが置かれる。
「乾杯の音頭をどうぞ」
 店長がお宮に尋ねる。お宮は少し恥ずかしそうに頷いて
「ライブの成功を祝して、乾杯」
 グラスを掲げる。カランと音がしてグラスが打ち鳴らされる。その音に女神が目を覚ます。
「かんぱーい」
 女神はそう叫び、半分空になったグラスをかざす。
「女神さんは本当に変わらないですね」
 ベーシストが笑いながら言う。
「また、飲み比べします?」
 ドラマーもふざけるように笑う。
「あの、あなたたちはどうして?」
 つるぎこが不思議そうに尋ねた。
「あなたたちは、たしか……その」
「うん、確かに死んだはずなんだけどな」
 ドラマーが首を傾げる。
「そりゃあ、あれだよ」
 女神が焦点の合わない目で空を見つめて言った。
「お宮ちゃんと後藤ちゃんの歌がぶつかったときにちょっと世界の律、あー、ルールみてぇなあれが破れちまったんだな」
 ぼんやりと壁のカレンダーを見て続ける。
「それに、ほらあれだ。今日はクリスマスだろ? 死者も帰ってきやすい日だしな」
「はあ」
「あのギタリスト、自我の薄いドラマーとベーシストを使ってたから、そこに滑り込んだ感じじゃねえのかな?」
「なるほど」
 わかったようなわからないような話にぽかんとする一同、代表としてつるぎこは生返事を返す。
「まったく、詰めが甘いやつで助かったよ」
 女神が呟く。それを聞いてお宮が尋ねた。
「知り合いだったんですか? あのギタリスト」
「いや、知り合いってほどでもねえよ。まあいるんだよ、ああいう手合いってのは。秩序ってもんが大好きで、この街のごちゃごちゃが気に食わないってやつ」
 そくなんですね、とお宮は適当に返事をする。酔っ払いの話を真面目に聞いても仕方がない。
「でも、私は二人が帰って来てくれてうれしいよ」
 話題を切り替えるようにお宮が言う。ドラマーとベーシストは微笑んで頷く。その笑顔はどこか影があった。
「どうしたの?」
「いや、そのことなんだけど」
 ドラマーは言いずらそうに口ごもる。ベーシストに視線をやるが、ベーシストも「ううん」と唸って言いよどむ。
「ずっとはいられないって話かい?」
 女神が口を挟んだ。
「え、どういうこと?」
 眉間にしわを寄せて、厳しい口調でお宮が尋ねる。
「死者が現世に来るのは、結局世界のルールを捻じ曲げているからね。いつかは帰らないといけないんだ」
「でも」
「いや、それにさ」
 口をとがらせるお宮にドラマーは優しく語り掛ける。
「この体はもともとこいつらのものなんだからさ」
 そう言って、ドラマーは自分の腕を撫でた。
「ずっと借りてるってわけにもいかないだろ」
「じゃあ、バンド組めないじゃん」
「それは、こいつらと仲良くしてやってくれよ」
 ベーシストは指先のタコをさすりながら言う。
「こいつらもさ、多少不愛想かもしれないけど、演奏は本物だからさ」
「あんたたちととがいい」
 口をへの字に曲げ、不満そうにお宮は言う。
「じゃあさ」
 ドラマーがお宮の肩を叩く。
「お宮の歌で、俺たちが蘇る奇跡を起こしてくれよ」
「そんなことできっこない」
「お宮なら、できるさ。今は無理でも、いつかは」
「それまではこいつらと組んでさ、もっともっといろんな歌を歌ってくれよ」
「盆と暮れで帰れそうなら帰ってくるからさ」
 ドラマーとベーシストは交互にお宮に話しかける。お宮は不機嫌そうに俯いていたが、しばらくして鼻をすすって口を開いた。
「帰ってくるときは、ギターのあいつも一緒に帰ってきて」
「ああ、言っとくよ」
 それまでは、と三人の視線が後藤に向けられる。
「え?」
 突然、話を振られて後藤はグラスを落としそうになる。
「よろしく頼むよ」
「なんだって?」
「ギタリストが足りないんだ」
「いや、私ギターなんて弾けないよ」
「練習すれば大丈夫だよ」
 いやいや、と首を振る後藤の両肩にドラマーとベーシストが手を置いた。
「その腕にあいつが憑いてたんだからいけるよ」
「帰るまで俺たちが練習付き合うからさ」
「あんたのシフトは入れるときは入ってやるよ」
 つるぎこがニヤニヤしながら援護した。
「わかったよ。でも、駄目そうだったらやめるからな!」
 後藤は頬を膨らませて頷いた。それを聞いてお宮たちはハイタッチをした。
 だしぬけに店長が入り口に向けて声を放った。
「あんたも入ってきなよ」
 びくり、と人影が扉の影に隠れた。
「誰?」
 お宮が尋ねる。
 少しだけ間があっておそるおそる人影が姿を現した。
「ピイナさん!」
 お宮が声を上げる。ピイナは俯いて誰とも目を合わせようとしない。
「どしたの?」
「ごめんなさい」
「……なにが?」
 突然の謝罪にお宮は首を傾げた。
「わたし、お宮の歌、たくさんの人に聞いてほしくて、いろんなとこに売り込んでたら、あの男に声をかけられて」
「うん」
 ピイナの言葉をお宮は口を挟まずに耳を傾ける。
「自分の言うとおりにすれば、お宮の歌はもっと上手くなるって、そしたらたくさんの人に聞いてもらえて、そう言われて……」
「うん」
「だから、無理な事させて、嫌な事させて……、プロデューサーとして失格だよね」
「大丈夫だよ」
 泣きだしそうなピイナの肩を抱いて、お宮は言言う。
「そりゃあ、練習は辛かったし、楽しくもなかったけど、おかげで歌は上手くなったよ」
「でも、それはお宮の歌じゃない」
「ううん、あれも私の歌。あいつと練習した歌も、みんなと作ってきた歌も、これから作っていく歌も、全部私の歌だよ」
「お宮」
 水っぽい声でピイナはお宮の名を呼ぶ。
「ね、ピイナちゃん。新しいバンドを組もうと思うんだ。敏腕プロデューサーを探しているんだ」
 お宮はピイナの目をじっと見て言った。
「やってくれない?」
「……いいの?」
 ためらいながらピイナは尋ねた。
「私ピイナちゃん以上のプロデューサーなんて知らないからさ」
「うん……わかった」
 鼻をすすりながら、ピイナが答える。その目からは涙がこぼれていた。
「まあ、ピイナさんも吞みなよ」
 店長がピイナにどぶがすみのグラスを渡す。
「それじゃあ、新しいバンドの結成を祝って、カンパーイ」
 無責任な口調で、女神がグラスを掲げた。グラスが打ち合わされる賑やかな音が店に響いた。

【おしまい】

この作品はむつぎはじめ=サンの主催する「パルプアドベントカレンダー2022」に殴り込みをするために書かれた作品です。
(ごめんなさい! ちょっと文字数オーバーしました。アウトなら飛ばしてください)

 


 



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