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電波鉄道の夜 124 

【承前】

 あの街の飲み水にはひどく小さな機械が沢山含まれていて、それらは飲んだ人たちの体の中で連結して(体内の塩分で動くのだ、と誰かが言った)、山奥に建つ二本の幽霊電波塔から発せられた電波を受信し、街の人々の頭の中に非実在のアイドルの像を結ぶのだ。
 アイドルの名前はセロリモネ。
 僕のなくしたアイドル。
 僕の頭の中の機械たちが再び連結される。遠く幽かな電波がモネを形作る。
 電波のモネがこちらに笑いかける。
 質量のない笑顔。均一に輝く肌。汚れ一つない白のワンピース。頭には燃えるような髪飾りが揺れる。真っ赤で柔らかな唇が動く。
「やあ、ひさしぶり」
 声は耳もとで聞こえた。脳を痺れさせる甘く透き通った声。
「ずっと探してくれてたんだ」
 ありがとう、とモネが笑う。
「こんなところにいたんだ」
 ひきつったように固まった喉から声を絞り出す。それを聞いてモネは笑みをこぼす。
「うん、いたよ。ここにずっといた。なのに見つけてくれないんだもの」
 モネは口を尖らせる。
 モネの言葉を聞いて、笑顔を見ていると、心がゆっくりと落ち着いていくのを感じた。燃えさかり降りかかっていた灰は消え去り、何もない世界で、ただモネの笑顔だけが世界にあった。
 再起動され、再結成されたモネ。
 けれども、と疑問が頭に浮かぶ。
 今僕に微笑むこのモネと、以前僕の頭の中にいたモネは同じなのだろうか。
 そう尋ねてみる。勿論、モネはこう答えた。
「違ったら駄目?」 
 それで、僕はどうでもいいと思う。どうであってもモネは僕に微笑んでくれている。それだけでいい。
 本当に? 本当だとも。
 僕は手を伸ばす。モネに向かって。手はもうすぐ届きそうで、でもわずかに届かない。
 顔を上げる。
 モネはいたずらっぽく笑って振り返る。そのまま重力を感じせない足取りで駆けだした。少し先まで走って振り返る。
「こないの?」
 僕は走り出す。
 どこか遠くで声が聞こえた。
「走れ、少年」

【続く】


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