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電波鉄道の夜 115

【承前】

 痩せた男が僕らを睨みつける。怒りに暗い目が輝く。
「ヴィガツェヴァギナギ」
 再び男の声はひび割れてしわがれて、意味を失ってしまっている。なんと言っているのかはわからない。ただ、怒りの感情が向けられているのだけがわかる。
 女性はその言葉を正面から受け止める。僕が止める間もなく立ち上がる。その手にはもうクナイはない。さっき置いて来てしまったから。
「お前は何がしたいんだい?」
 女性は男をしっかりと見つめながらたずねた。男は驚いたように動きを止めた。男の目に戸惑いが浮かぶ。女性を見つめる。
「ごばぎぇたぴがだききりえるおおくぱう」
「なにを言ってるのかわからないよ」
 女性は首を振る。男が口を閉ざし、沈黙する。この男が聞く耳を持っていたことに驚く。男は余計な考えを振り払うように首を強く振った。
「ぐわんげなぎごばぎぇたぴおるやにくつおおおげがばくしゅらぼぼげたばじいぐばつれげらじてがる」
 ぞわりと木立の影が動く。人型に形を作る。
「知らねえよ」
 ぶっきらぼうに女性は言い返す。
「てめえの怒りにこっちを巻き込むんじゃねえよ」
 男が首を傾げる。向こうには言葉は通じている。その上で不可解な言葉にに困惑しているように見えた。
「てめえがむかつくなら、むかついた相手を殴れよ。それはあたしたちじゃねえだろうが」
「そびじゅかぼれろふぉげびしががるがだぞびじゅだぎなきひでらく」
 男が僕を指さす。言葉はわからない。けれども、女性は続ける。
「別にこいつがむかついたんじゃないんだろ? いや、こいつにもむかついたのかもしれないけど、それは本当にお前が怒ってることじゃないんだろう? 違うかい?」
 臆せず、女性は問い続ける。クナイはもうない。ぎりぎりと言葉で切りつけるように言葉を投げつけ続ける。男はその言葉を一つずつ受け止める。クナイで切りつけたときよりもずっと大きな衝撃を受けているようだった。体の外より内面に響くように。

【続く】


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