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電波鉄道の夜 65
【承前】
「それもいいんじゃないかな」
男の人は静かにそう言った。目を細め、窓の外を見ている。まばらに立つ街灯が一瞬だけの明かりを残して後ろに走り去っていく。何か面白いものでも見えているのだろうか。僕の方にはもう視線を向けようともしない。
「ええ、それじゃあ」
背を向け、歩き始める。どこへ行こうか。前か、後ろか。どちらにいてもおかしくない。どちらにもいなくてもおかしくないけれども。
「待ちなよ」
声が聞こえた。振り返る。男の人の声だった。
「君はいなくなった、その女の子、モネを探しに行くのだな」
「ええ、そうですよ」
答えると、男の人は深いため息をついた。内臓まで吐き出すような深い深いため息だった。男の人は窓の外を見たままの姿勢で、どんな表情をしているかは見えない。
「一応、言っておくよ」
「なにをですか?」
「言っておかないといけないことさ」
背を向けたまま、男の人は続ける。抑えた淡々とした声だった。
「君はその女の子を探さないこともできるんだ。探さないで、そのままきた電車に乗って、家に帰ることもできる。もしも探しに出たなら、君は味わわなくてもいい苦しみを味わい、遇わなくてもいい辛い目に遇うかもしれない。挙句結探し当てることなんてできなくて、どこかでくたばっちまうかもしれない。それでも、行くんだね」
聞いたことのある言葉だった気がする。同じ言葉ではなくても似たような言葉、口調を。
けれども、その記憶も灰のかなたに埋もれて薄れ去っていた。
「ええ、行きます」
だから、僕は頷いた。他にどう答えることがあるだろう。
「それじゃあ、頑張って。虚無に気を付けて」
「ええ、ありがとうございます」
礼を言ってまた振り返る。男の人はそれきり黙り込んだ。
「まもぉなつぎゅれまつんで」
祝詞が聞こえた。がらり、と扉の開く音が聞こえた。
前の車両からだった。暗闇から小柄な制服の影が現れた。影はゆっくりと僕らの席に向かってきた。
【続く】
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