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誰が「のび太君」を大成させるか?

もしも、あなたの子が「のび太君」だったら…

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漫画「ドラえもん」に登場する野比のび太(のび太君)といえば、

・テストはいつも0点
・そもそも勉強しない
・親に怒られないため、テストを隠す
・努力より先に「道具頼み」

実際、彼のお母さんが0点のテストを見てガミガミ説教するシーンが何度も登場します。もしあなたの子が、彼みたいな子だった場合、さぞかし不安になるでしょう。そして「とにかく勉強しろ!」とガミガミ言ってしまうのではないでしょうか?

のび太君の「能力」とは?

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ちなみに彼の特技として有名なのが「あやとり」です。実はこれ、複雑な図形を頭の中で処理しないと出来ない特技です。

他にも映画では射撃能力が非常に優れているといった描写があります。

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射撃能力を語る上で欠かせないのが「空間認識能力」。即ち、撃った弾がどのような弾道を描き、あるいはどのくらい先に向かって撃っているのかというのを立体的に把握する能力が必要とされています。

これらの内容を見て思うのが、

実は彼、数学能力が高いんじゃないの?

ということです。

算数が苦手、数学が得意

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私自身、算数は非常に得意でした。小学校時代の算数のテストはほとんどが満点で、そのため数学も得意になるものと思っていたわけです。

しかし実際は全く逆で、中学校に入り、算数が数学になった途端に全く分からなくなる。とりわけ証明問題というのは全く理解できず、その内容が理解できるようになったのは大学に入った後でした。

ようやく数学が理解できた時の話
↓↓
【どうしても数学が分からなかった人へ】 数学の証明問題を国語的なアプローチで解く方法とは?

そして大学生、社会人になった時に

・ガチガチの理系の人
・全科目高得点が取れる人

前者は主に私立理系、後者は主に国立理系の方なのですが、彼らの話を伺っていると、以外にも小学校時代に算数がそれほど得意ではなかったという方が決して珍しくなかったのです。

前述のとおり、私は小学校時代に算数が得意で、中学以降数学が苦手だったため、全く逆の立場だということになります。

ちなみに「算数が大の苦手」なはずの、のび太君。実は小学校レベルを明らかに逸脱した「難問」で何故か100点を叩き出すという快挙を成し遂げています。作品の中では彼の「変人エピソード」みたく扱われていますが、実はこれ、彼の「算数苦手・数学得意説」を示すエピソードの一つといってもよいのではないでしょうか?

のび太君は中学生以降「ブレイクする」(!?)

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中学1年生~中学2年生にかけて、数学では「平面図形」「空間図形」というものを学びます。小学校では「面積」「体積」という内容でしたが、それをより高度な内容で理解するもので、平面図形では数学の「鬼門」ともいえる証明問題が登場します。

小学校の算数、例えば三角形の面積(底辺×高さ÷2)といった公式を暗記していれば解けるようなものではなく、「x=2y」「辺aと辺bは等しい」といった論理展開能力。もっといってしまいますと、

算数というより国語

といった感じの問題がメインとなっていくわけです。

私自身も含め、多くの方にとっては「難しい」と思うでしょう。そして、さらに

努力して何とかなる範囲を超えてるんじゃないのか?

単なる計算問題ではなく、問題そのものを理解する能力が求められるわけですから。つまり計算ドリルをたくさんやったからといって点数が上がるものではないのです。

しかし、実はここで頭角を現す子が出てきます。どういう子かといいますと、

・基本を理解していればどんな問題でも解ける
・教科書しか見ていないが、それで十分

傍から見れば「天才」と呼ばれる子ですよね。多くの場合、図形や空間というものがどういったものを初見で把握するのは難しいのではないでしょうか?

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・辺aと辺bは常に等しい
・∠ABCと∠BCDは2:1である

こういったものは公式を暗記する。あるいは問題の解説文を見てようやく気付くといったケースが大半でしょう。しかし、図形や空間を認識する能力が優れている場合、

一発で全体を理解できてしまう

のです。最初にもお伝えしたように、実はのび太君は、この能力が非常に高いと考えられます。したがって数学で、小学校時代には考えられないような高得点をとったとしても「決して不思議ではない」のです。何故なら、あまり勉強しなくても分かる。即ち数学というものが、

頭のいい怠け者に優しい科目

と考えるからです。

勉強を「しない」のではないく「できない」。

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では、数学の素養があると考えられるのび太君は、何故算数が苦手なのでしょうか?それもケアレスミスが多いとかそういうのではなく「毎回0点」です。

いくら数学が得意かもしれないといっても、多くの方にとっては「にわかには信じがたい」のではないでしょうか?

しかし、これもある程度、説明がつきます。実はのび太君は、

ディスレクシア(dyslexia、ディスレキシア)ではないか?

ということです。いわゆる「学習障害」の一種で、特に文字の読み書きにおいて著しい困難を抱える障害です。前述のディスレクシアの他、障害の内容によって、

・失読症
・難読症
・識字障害
・読字障害
・読み書き障害

様々な定義が存在します。

俳優のトム・クルーズ氏がこの症状であることで知られ、彼の場合、通常の台本を読むことが出来ず、台詞は音声(セリフが録音されたカセットテープ、音声ファイル等)によって覚えるという特徴があります。

特に英語圏で多い症状と言われ、例えば、

・「7」と「seven」が同一であると理解できない、もしくは理解するのに時間がかかる。

・「g」と「9」の識別が困難である。
 →「grand」を「9rand」と読んでしまう。

・特定の文字(a,大文字のR等)が識別できない。
 →「Retain」が「etain」に見える

他にも様々な症状がありますが、アメリカ人の約2割が何らかの形でその症状を抱えているともいわれています。当然、前述のトム・クルーズ氏の他にも似たような症状を抱えているケースが存在し、

■スティーヴン・スピルバーグ(映画監督)
 →読字障害のため、学校卒業が2年遅れ、いじめ体験や学校に行くことが苦痛だったと語っている。現在でも脚本などを読むのは人の2倍、時間を要するらしい。

■キーラ・ナイトレイ(女優)
 →6歳のときに失読症と診断される。録音読書による学習、色付き眼鏡をかけて文章の文字が混じって見えないように工夫し読書する等により、症状の改善が見られているといわれている

ウーピー・ゴールドバーグ(女優)
 →
文字を左右反対に書いてしまう症状を持つディスレクシアとされている。

なお、レオナルド・ダ・ヴィンチも左右反対の文字(鏡文字)を書いた人物として知られています。

のび太君の「障がい」の正体とは?

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彼の特技。そしてテストの点数。さらには遅刻や忘れ物の多さなどから、彼をADHD(注意欠如・多動性障害)と見る人は少なくないようです。

ちなみに、漫画の連載が始まったのは1969年であり、当時は発達障害、あるいは学習障害といったものは、ほとんど認識されていませんでした。

学校教育においても彼らの思考、あるいは独自の教育プログラム等は考慮されておらず、単に「物覚えの悪い子」「忘れ物が多い子」といった認識です。

当時の先生の指導方法と言えば、

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「ちゃんと勉強しろ!」
「忘れ物をするな!」

といった注意をする程度に止まっています。

実際、彼の症状はこれらに当てはまっている部分が少なくありません。だとすれば、それは口頭による注意(叱責)であったり、あるいは「善悪の判断を体で覚えさせるための」体罰は全く無意味です。

それどころか「出来ないことをやれ」と言われ続けるため、さらに本人を委縮させ、症状を悪化させるということにもなりかねないわけです。

「何を間違えたか」より「どう間違えたか」が大事

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しかし、それよりも気になるのが「テストの答案内容」です。アニメ版では、のび太君のテストの答案内容が登場するシーンがあるのですが、算数の問題においては、

・掛け算と足し算がごっちゃになっている
 
→3.1×3.9という計算問題があり、正解は12.09なのですが、答案には「7.0」と書いて不正解になっています。

・小数点を無視した計算をしている
 →
「9×5.4」という計算問題があって、正解は48.6なのですが、小数点を無視しており、答案には「572」と書いて不正解になっています。

ここで考えられるのが、単に勉強が出来ないのではなく「識字障害」「読字障害」の疑いです。

・「+」と「×」の違いを(脳が)認識できないのでは?
・小数点を脳が認識できないのでは?

むろんアニメの世界なので、現実には導きようのない答え。例えば9×5.4を486ではなく、計算そのものが間違っている「572」という表記になっています。

しかし、それを差し引いても考えられるのが、文字情報の段階で正常に問題を読めていないという疑いです。だとすれば、このような「珍解答」にも、実は納得がいくわけです。

ついでに言ってしまいますと、9×5.4を(小数点が抜けている)486ではなく、計算そのものが間違っている「572」とする場合、

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・4という数字を正常に認識できないのでは?
・5と6の違いが認識できないのでは?
・7×2が正常に計算できないのでは?

他にも、例えば「9」と「8」の違いを認識できないという可能性はないでしょうか?もし9を「8」と脳が認識していた場合、8×54=432となります。

正常に計算が出来る方の場合、一桁の数字が2というのはあり得ないと思うかもしれません。しかし仮に脳の認識が「ズレている」場合ですと、このような回答をしてしまう可能性は0ではないわけです。

さらに5と6の違いを正常に認識できない場合、どうでしょうか?この場合、本人が「9×54」を「8×64」として計算したとします。そうなりますと、

8×64=512

このように認識してしまう。さらに「1」と「7」の違いが分からない場合、どうでしょうか?

512を572と書いてしまう。

即ち、

・「9」と「8」の違いを認識できない
・「1」と「7」の違いを認識できない
・「5」と「6」がごっちゃになっている
・小数点を認識できない

このような識字障害のタイプが重なった場合、「9×5.4=572」という解答は可能性として有り得るわけです。

だとすれば、テストの点数が悪いことをもって「努力が足りない」「勉強しろ」というのは残念ながら適切なアドバイスとはいえません。

逆に、間違えた問題に「共通の間違い方」があった場合、即ち特定の数字が読めていない。あるいは小数点を認識できないといった内容が存在しているにもかかわらず、それを指摘できない。あるいは見過ごしているとすれば、

努力が足りないのは、本人よりもむしろ親や教師ではないのか?

という考え方が成立するといえるでしょう。

障害=マイナスとは限らない

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前述のスピルバーグ監督の代表作の一つに「ジュラシック・パーク」があります。実はこの作品中に出てくる恐竜博士のモデルとされている古生物学者のジャック・ホーナー氏もディスレクシアだったとされており、

・読み書き能力は小学3年生程度
・文書を読む方法は、一度コンピューターに打ち込み、読み上げソフトを使用して聞き取る方法による

しかし、恐竜の研究について業績を上げた、れっきとした科学者であり、単に識字能力が通常より劣っているという理由で「勉強が出来ない」「学者なんて無理」というケースには当てはまらないことが分かる事例といえるわけです。

誰が「ドラえもん」になるか?

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ルノー自動車の創業者として知られるルイ・ルノーは小学校時代、落ちこぼれとして知られていました。どのくらいかというと、

自分の名前が書けるかどうかすら怪しい

ちなみに家は裕福であり、学校に行く機会がないために勉強する機会がなかったのではなく、むしろ人並み以上に教育環境に恵まれていた状況で全く勉強が出来なかったわけです。

その一方で、機械に関するものに対しては人並み外れた興味を示しており、これは一種の「発達障がい」であった可能性が高かったといえます。

そんな彼の才能を見抜いた人物の一人が、蒸気機関車のボイラー工場を経営していたレオン・セルポレでした。工場に足繁く通うルイ少年に対し、単に見学を許可するだけでなく、実際に「大人顔負けの」質問をする彼に対し、自らの発明品や研究成果を伝えていたわけです。

その結果、彼の才能は大きく開花し、21歳の時に自動車製造を開始すると様々な特許を取得した他、自動車レースでも好成績を残し、一躍ルノー自動車の存在を世に知らしめることとなります。

・もし、彼が「学校の成績だけ」で能力を評価されていたら?
・もし、裕福な親が「世間体を気にして」無理な勉強をさせていたら?
・もし彼の家の近くに工場がなかったら?
・もし大人の技術者が、彼の好奇心に応えてなかったら?
・もし、彼が貧しい家庭に生まれ、勉強が不要な環境だったら?

おそらく彼自身の才能は開花しない。そしてルノー自動車は世に出ることがなかったでしょう。つまり、ルノーにとってセルポレ氏は、自分の知的好奇心に応えてくれる、いわば「ドラえもん」だったわけです。

むろん、親や教師がその役割を担うこともあるでしょう。しかし、こういったものは「偶然」に左右されてしまうことが多い。だとすれば、その「偶然」に当たる機会を少しでも増やすことがある意味、親や教師の責務だともいえるわけです。

もしかしたら、あなたのお子様が才能を開花させるのは学校「以外」かもしれません。例えば数学能力一つとっても、それは学校のテストではなく、YouTubeで偶然目にした、数学の解説動画がきっかけかもしれないということです。

幸い、現代はインターネットがあります。昔に比べ、子供が興味を持つ分野を探すのは遥かに容易となっているのではないでしょうか?だとすれば、単にテストの点数が悪い。あるいはYouTubeや漫画、アニメといってものを見ている子を頭ごなしに否定するのではなく、

どういう方向に興味を持たせるのがベストなのか?

それを知る手段として、これらを活用するのも一つの方法なのかもしれません。

単なるわがままは放置するべからず

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とはいえ、全く勉強しない子を「個性的」「実は天才」と評価すればいいというわけではありません。学校の勉強自体は出来ないわけではないにもかかわらず、

「宿題がやりたくない」
「とりあえず遊びたい」

いわゆる「単なるわがまま」は放置しない方がよいでしょう。この場合、自分のわがままが世の中に通用しないこと、そして大人になってから苦労することをきちんと教えた方がよいのかもしれません。

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