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夕暮れの色#2 自由な栞

木曜日夕方17時。
高校の授業が終わり、電車に乗り込む。
今日も一日家に帰ればまた受験勉強が待っている…

高校3年生にとっては電車に乗っている時間でさえ惜しい。
知識を必死に詰め込むためにここでも世界史の一問一答の参考書を手元で開く。

 全然頭に詰め込んでもしっかり入った感じがしない。
 他の子たちは私よりもしっかり塾に行って勉強しているのに
 このままでいいのだろうか。

周りの勉強量を比較したとしても、目指す大学が違うからそもそも違うか、
とも思いつつ明らかな勉強量が分かる試験が近づくとどうしても焦る。

 塾に行かないと決めたのは自分だし、
 通信教育でも参考書でもしっかりできるならそれでいいじゃないか。

何度も何度も自分に言い聞かせる。

 はぁ…ダメだ…全然集中できない。
 何のためにこんなにたくさん勉強をしなければならないのか。
 これが大学に入るときに何の役に立つのか。
 これから何になるかも分からないのに…

 日々の継続の跡が大量の文字と赤ペンの文字が積みあがった裏紙として
 確認できるが、本当にこれで漠然とした不安がなくなるのか。
 報われるまでの道のりは途方もないのではないか…

そんなことを考えてまた思考が止まる。
最近はこんな感じで、不安に押しつぶされそうになる。

 本当に大学に行けるのか。
 こんな甘い勉強量では落ちるのではないか。
 大学で思い描いている生活ができるのか。
 そもそもその道に進んでもいいのか。
 どんな大人になりたいのか。

一方で大学にさえ入れたらこんな不安はすぐに吹き飛ぶのではないかと
期待する自分もいる。

 「不安ならその分勉強するしかないじゃないか」

 ―その意見はご尤も。
 わかってるけど、どうしようもなく弱気になる。

グルグルと思考を巡らせていると、前からすっと手が出てきた。


「えっ?」
「お姉ちゃん、頑張っとるね。良かったらこれあげるわ。」

参考書に向けてた目線を上に上げると、目の前ににっこりと微笑む65歳くらいのご婦人。

「これね、ハトなの。
 こうやって尾っぽを引っ張ると羽をパタパタさせるのよ。
 おばちゃんこんなのたくさん作るから、良かったら栞にでも使って」

折り紙で作られたハトは今にも飛び立ちそうに羽を広げて、
ゆっくりとご婦人の手の中で羽を上下に動かす。

 わぁ。すごい。

そう思うと同時に今まで張り詰めていた糸が、切れてしまいそうになる。

「ありがとうございます。」そう言って私はご婦人に微笑む。


心に温かい灯りがともる―
 
そして分かった。

今「自由に」羽ばたくために私は準備しているのだと。

暗い顔はやめよう。
見るのは上だけだ。


あとは助走をたくさん走って、飛ぶだけだから。

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